『北海道新聞』社説2014年2月12日付
日本版NIH これで医療の司令塔か
政府は、医療の研究開発の司令塔となる「日本版NIH」構想をまとめ、今国会に関連法案を提出する。
米国立衛生研究所(NIH)を参考に、医療研究予算を一元管理し、大学など研究機関への配分や実用化までの支援を担う。2015年度の開設を目指す。
予算や組織を集約し、基礎研究と臨床研究の融合に力を入れれば、治療法や新薬の開発が格段に進む。米NIHが、がん治療で成果を挙げていることからも明らかだ。司令塔的な役割を持つ組織は必要だ。
残念なのは構想の策定過程で省庁の抵抗に遭い、権限の集中が十分でなかったことである。予算規模も当初案の3分の1に縮小した。
これでは研究支援が強化されるどころか、かえって組織が複雑化し、調整に手間取りかねない。政府は構想そのものを再検討すべきだ。
NIH構想は、総合戦略を決める政府の「健康・医療戦略推進本部」と、戦略に基づいて研究費を配分する独立行政法人「日本医療研究開発機構」の設立が柱だ。
現在、医療研究予算の所管は厚生労働省や文部科学省、経済産業省に分かれている。バラバラに戦略を立てていたため重複が多かった。
医療関係の学会などが予算や組織の集約によるムダの削減や、効率化を求めているのは当然だ。
だが、文科省の科学研究費補助金や厚労省の国立高度専門医療研究センターなどには切り込めなかった。機構の年間予算も約1200億円、職員も約300人にとどまった。
年間約3兆円の予算と約1万8千人の職員を擁する米国の「本家」とは比べようがなく、NIHを名乗るには看板倒れと言わざるを得ない。
構想が安倍晋三政権の成長戦略に組み込まれたのも問題だ。
日本は医薬品や医療機器の貿易で約3兆円の輸入超過という。政府や財界にはNIHを貿易収支の改善に利用しようという動きもある。
売れる薬品の開発など市場性ばかり重視されれば、研究がいびつになる。患者が少ない難病研究がおろそかになってはならない。
症状が重く、最も医療の手助けを必要とする患者の要望に沿った研究を後押しする組織でなければ、国民の信頼は得られないはずだ。
研究支援に当たって何よりも大切なのは多様な知識と経験の蓄積だ。
機構の職員には医学や薬学だけでなく、経済学、倫理学など幅広い分野の人材確保と養成が欠かせない。
患者のために、実用化への道筋も確かにする必要がある。国は、研究成果を製品化につなぐベンチャー企業の育成も視野に入れた対策を講じなければならない。