『中日新聞』2012年10月25日付
奨学金を考える(下) 進まぬ給付型導入
就職しても低賃金だと返還が難しくなる奨学金。返還の必要がない給付型が主流になれば、利用する側はありがたい。が、日本では、国や自治体の財政難から公的な奨学金のほとんどは貸与型だ。一部給付の独自の奨学金制度を導入した香川県の事例や海外の事情を基に、「貸与か給付か」を考えた。 (白井康彦)
「反響はかなりありました」。香川県教育委員会高校教育課の中村禎伸課長補佐は、こう振り返る。これまで県独自の奨学金制度はなかったが、低所得世帯の学生を支援するため新設。二〇一一年秋に初めて利用者を募集した。
一二年春に大学、短大、大学院などに入学する人が対象で、学力や世帯収入の基準を満たすことが条件。募集人員は約百人。これに加え、特別に一一年春に入学していた学生も約百人募集した。計約二百人の募集枠に約八百人の申し込みがあった。
今年三~四月は、一三年春の入学者を対象に二回目の募集を行い、約三百五十人が応募した。
人気の要因は、県内就職者への一部返還免除だ。免除されるのは、一万五千円に奨学金の利用月数を掛けた金額。奨学金を四十八カ月利用していた場合は、七十二万円を返還しなくて済む。
この奨学金を利用しても、卒業後に県内で就職するとは限らない。中村さんは「県内就職は半分ぐらいと見込んでいる」と説明する。年間利用者約百人のうち五十人が県内で就職すると仮定すると、一部返還免除の合計は毎年三千六百万円になる計算。県の財政はその分だけ持ち出しになる。
浜田恵造知事は、一〇年の知事選で奨学金制度の創設を選挙公約に掲げた。財政難の中で一部給付の奨学金が実現できたのは、知事主導だったからだ。
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国の予算が使われる独立行政法人「日本学生支援機構」(東京)の奨学金はすべて貸与型。給付型は、個々の大学が学業優秀者に支給するほかは、多くの自治体が医師確保策の一環で医学部生へ奨学金を出しているのが目立つぐらいだ。
欧米諸国では状況が大きく異なる。教育関係の労働組合などでつくる「奨学金の会」が、経済協力開発機構(OECD)が編集した「図表でみる教育OECDインディケータ」(一〇年版)を基にまとめた資料を見てみよう。家計の教育費への公的補助に占める給付型奨学金の割合を示したものだ。日本は0%だが、フランスやイタリアなど欧州の十一カ国は100%で、OECDの平均でも58・5%。欧米では給付型が主流だ。
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「奨学金の返還負担の重さを考え、貧しい世帯では大学進学をあきらめる人が多い」。こういった声が教育界で強いため、文部科学省は日本学生支援機構の奨学金に給付型を導入しようとした。
文科省の概算要求で、高校生向けの奨学金については一〇、一一、一二年度に、大学生など向けも一二年度に給付型の新設を求めた。大学生など向けは二万一千人を給付対象に、一人当たり平均で年間七十万円を給付する案だった。
しかし、国の財政が厳しいことを理由に財務省や与党が給付型の導入に反対し、結局、給付型は導入されなかった。文科省は、一三年度の概算要求では給付型を求めなかった。
実現が遠そうな給付型。低賃金の非正規労働の割合が上昇し、給与所得者の平均収入は減り続ける。奨学金の返還を将来長く背負わされる若者はつらい。
奨学金問題に詳しい中京大国際教養学部の大内裕和教授は「日本の教育予算の割合は海外諸国に比べて低く、大幅にアップさせる必要がある。給付型奨学金を導入するなどして、若者に希望を持たせねばならない」と話している。