大学像 社会の批判に答え 文科省が改革プラン  設置認可など見直し 官僚統制強まる恐れ『日本経済新聞」2012年6月18日付

『日本経済新聞」2012年6月18日付

大学像 社会の批判に答え 文科省が改革プラン  設置認可など見直し 官僚統制強まる恐れ

 文部科学省が2017年度までに進める大学改革の工程表「大学改革実行プラン」をまとめた。年度内に国の大学政策の基本方針となる「大学ビジョン」を策定し、国立大学法人制度の見直しや大学評価制度の抜本改革、大学の設置基準の厳格化などを実行する。改革の内容は多岐にわたるが、官僚統制の強化につながりかねない部分もある。

 21世紀に入り、社会がますます激動する中、日本の高等教育に対し、長期的な視野がないまま、社会の期待に応えられる人材を育成していないのではないかという不満が高まる。文科省が「大学改革実行プラン」で、将来の日本社会を展望した「大学ビジョン」を策定するのは、こうした批判への回答でもある。

 実行プランは「ビジョン」の構成イメージとして、(1)20~30年後を展望した日本の将来像、求められる人材像、社会的課題に対応した教育・研究の国家戦略(2)産業構造の変化等に対応した高等教育、大学教育に対する進学需要(3)大学の果たすべき役割・機能と課題(4)大学政策の方向性――などを示す。内容は多岐にわたり、必要性が指摘されていた高等教育のグランドデザインにつながる重要な問題提起ばかりだ。

短兵急な集約

 それだけに課題も残る。ビジョンは、予算の配分や国立大学改革、制度の見直し・整備など、今後の大学政策を戦略的に展開する設計図である。示されたテーマには、既に中央教育審議会や省内のタスクフォースで検討された項目もあるが、年度内にまとめるというのは、あまりに短兵急にすぎはしないか。

 省内の閉ざされた議論にとどめず、社会や大学、高校などの幅広い声を聞きながら議論を深化する姿勢が必要だ。

 17年度までに逐次実施する実行プランの具体策も気になる点が多い。

 例えば国立大学改革のロードマップには、12年度に国として改革の方向性を提示する「国立大学改革基本方針」を作り13年半ばには、大学ごとにミッション(設置目的)を再定義して改革工程を確定する「国立大学改革プランを策定」とある。

 単科医大の統合などを除けば、現在の国立大学は1949年の新制大学発足時の配置や学部構成を、ほぼそのまま引き継いできた。この間、社会は激変し、大学進学率は50%を超えた。私立大学との役割分担や再編統合など、国立大学制度の抜本見直しを求める声は多い。文科省が改革に本腰を入れるのは当然だ。

 だが一方で、04年の国立大学法人化から今年は9年目だ。9年目を「まだ」とみるか、「もう」とみるかは別として、あれだけの制度改革の総括もないまま、あっさりと次の制度変更が政策課題に挙がることに戸惑う人は多いのではないか。

 一例を挙げれば、現行の国立大学法人は、一法人一大学と学長の法人長兼務が原則だ。実行プランが示す、一法人が複数大学を運営する「アンブレラ方式」は制度の根幹の変更にほかならない。

 アンブレラ方式は、同一法人下の大学間で重複部門の統合が期待できるとされる。まずは教育(教員養成系)学部や工学部が候補になるだろう。だが、文科省は教員養成の6年制化を検討中だ。これには地域にある教育学部の役割が大きい。大学の地域貢献として、工学部と地場産業の産学連携を求める声も強い。他の政策との整合性を詰めた提案とも思えず、再編が進む保証はない。

 一方で、大学と法人、学長と法人長が分離されれば、新たなポストが生まれる。だが、大学運営に詳しい人材は多くはない。結局は、官僚の天下り先になりかねない。

 文科省は、現行制度の問題点をきちんと総括した上で、なぜ法人化から10年も経ずして新たな改革が必要になったのか、丁寧に説明すべきだ。“上から目線”の官の一声で制度がころころ変わるようでは、国立大学に自主性が育つわけもなく、いくら30年先を見据えたビジョンをつくっても、誰にも信用されない。

退場へ措置検討

 私立大学の質保証も議論を呼びそうだ。

 実行プランは、現状の問題点を指摘する。大学設置基準は規制緩和で基準を引き下げた。設置審査は抽象的な規定の運用で、認証評価は最低基準の確認にとどまり法的措置につながらない。学校教育法や私立学校法で組織廃止命令や解散命令はできるものの運用は慎重。経営支援は任意の協力が前提で、強制力のある措置ができない……。

 その上で、今後の実施・検討項目に、設置基準の明確化や設置審査の高度化、認証評価の改善、経営課題を抱える学校法人への実地調査機能の強化と早期の経営判断の促進などを示し、社会変化に対応できない大学等の退場のために必要により、法令上の措置も検討するという。「大学としてふさわしい実質を有するものに適切な支援を進める」という文言も並ぶ。

 私大の一部に、高等教育機関としての自覚や矜恃(きょうじ)に乏しい大学があるのは事実だ。大学界でも、文科省の設置認可行政の手ぬるさを指摘する批判が根強い。

 だが、実行プランが示すのは、規制緩和の路線を修正し、従来の大学の設置認可や評価制度の根幹を見直す議論だ。にもかかわらず、例えば肝心の「大学としてふさわしい実質」を誰が評価するのかは、いまひとつ見えてこない。性急な制度見直しの結果、国が私大の生殺与奪の権を握る心配はないのだろうか。

 「これは官僚統制の強化だ」。ある大学関係者は切り捨てる。今後の論議を注視したい。

(編集委員 横山晋一郎)

 ▼一法人複数大学方式(アンブレラ方式) モデルは米国の州立大学。カリフォルニアの州立大学は、博士課程を持つ研究型10大学からなる「カリフォルニア大学システム(UC)」、修士までの教育型大学23校を持つ「カリフォルニア州立大学システム(CSU)」、2年制短期大学の「カリフォルニア・コミュニティー・カレッジ・システム(CCC)」の3システムで構成、役割分担を明確にしている。

 UCの本部はオークランド市で、バークリーやロサンゼルスなどに独立したキャンパスを持つ。

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