焦点/地震学会、反省と再起/人命・防災重視へ『河北新報』2011年10月24日付

『河北新報』2011年10月24日付

焦点/地震学会、反省と再起/人命・防災重視へ 

 国内観測史上で最大となるマグニチュード(M)9.0を記録した東日本大震災は、地震研究者らでつくる日本地震学会(会長・平原和朗京大教授)にも衝撃を与えた。地震学の研究は人命と直結するだけに社会の期待は大きく、大震災を予見できなかったことを「地震学の敗北」と反省する。「再建」を目指す地震学会は、防災への社会的責任や政策への関与など多くの課題について議論を始めた。(古関良行、高橋鉄男)

◎「大震災予見できず敗北」/「社会的責任背負う」

<「意識改革を」>

 「地震では人が亡くなる。今まで純粋に学問だけをやり過ぎた」「知識を垂れ流すのではなく、もっと人命を救う情報発信ができたのではないか」

 15日に静岡市の静岡大で開かれた学会の特別シンポジウム「地震学の今を問う」。約500人が詰め掛けた会場で、発言に立った研究者からは「防災」と距離を置いて研究に没頭してきた姿勢への反省と批判が相次いだ。

 研究者らは自然現象の解明に励み、巨額投資が必要な観測網の整備などでは「防災」の名の下、国などの予算を獲得している。しかし、ほとんどの研究者は本来の分野と異なる防災に積極的に関わっているとは言い難い。

 こうした問題提起に対し「防災は応用。研究者は研究に専念すればいい」「地震学者が全て背負う必要はない」などと戸惑いの声も上がった。

 緊急地震速報の改良に取り組む京大防災研究所の山田真澄助教は「現象の解明に没頭するだけでいいのか。地震学が同じ失敗を繰り返すのかどうかは、研究者の意識改革にかかっている」と問い掛けた。会場からは「社会の一員として身近な地域防災から関わってはどうか」との提案もあった。

<来春にも提言>

 国の政策との関わり方も重要な問題だ。一部の研究者は政府の委員会などに加わるが、学会自体は国の政策決定に積極的に関与してこなかった。

 「原発震災」の危険性を指摘してきた石橋克彦神戸大名誉教授は「原発や高レベル放射性廃棄物処分場に対し、地震学は沈黙してきた。中立を決め込まず、社会の重要課題に対して学会員の自由な議論の場が必要だ」と社会的責任を指摘する。

 行政の施策立案などの場面で、個々の研究成果がどんな使われ方をしたのか検証する必要性にも言及があった。

 政府の委員会などに参加してきた長谷川昭東北大名誉教授は「学会として自然科学だけでなく、防災学、社会学などとも連携を深める必要がある。学会員が多様な考え方を共有し、適切な情報発信や社会貢献を目指したい」と語った。

 反省や批判が相次いだシンポでは「宮城県沖地震の研究は減災につながった」と東北の研究者らへの励ましもあった。

 東日本大震災を想定できず「敗北感」が漂う地震学会。平原会長は「このシンポジウムが始まり。簡単に改革できる話ではない。批判はどんどん出してほしい。それでどうするか、答えを考えたい」と話す。

 シンポを主催した委員会は議論を踏まえ、学会向けの提言を来春にもまとめる方針だ。

[日本地震学会]研究発表や意見交換を通じて地震学の普及と発展を目指す学術団体で、会員は地震学者ら約2000人。事務局を東京都文京区に置く。毎年秋に大会と呼ばれる集会を開催している。1880年に世界初の地震学会として創設されたのが始まりで、組織改編などを経て現在の学会は1929年に創立。2010年12月に公益社団法人となった。

◎「予知、過剰な期待与えた」/限界直視、市民に発信

 国内観測史上で最大の東日本大震災を予見できなかった反省を踏まえ、再起を期す日本地震学会。静岡市で15日に開いた特別シンポジウムでは、これまでの研究の問題点や反省が語られた。「地震予知」について現段階での限界とその在り方が問われた。

 雨と風が吹き付ける悪天候の中、会場は異様な熱気に包まれた。シンポがあった静岡大の大学会館。用意された400席は早々と埋まり、あふれた人は廊下などで議論に耳を傾けた。

 今後の地震学が向かう方向性や姿勢を自問し、議論する場を提供する。そんな目的で開かれたシンポには「なぜ、想定できなかったのか」「防災といかに向き合うべきか」など四つのテーマが設定された。

 「三陸沖M7.3 宮城県沖地震との関連」「連動型 危険性低下か」―。東北大地震・噴火予知研究観測センターの松沢暢教授は、震災2日前の3月9日に三陸沖を震源に起きた地震で、自身がコメントした翌日の河北新報の紙面を紹介。大地震の危険が遠ざかったように思わせてしまう「間違いを犯してしまった」と反省した。

 松沢教授によると、マグニチュード(M)9はおろか、貞観地震(869年、推定M8.4程度)級の地震もすぐには起こりそうにないとの「思い込みがあった」と言う。

 その根拠の一つとなったのが、アスペリティ(固着域)モデルだ。宮城県沖では、地震を繰り返し起こすアスペリティという領域が決まっているとされる。多くの地震はアスペリティの概念で説明できるため、松沢教授は「このモデルに思考が規定されていた面があった。さらに巨大な震源域があるとは考えが及ばなかった。経験にとらわれない考え方が必要だった」と振り返った。

 シンポでは「地震予知は可能」として、社会に過剰な期待を持たせてきたことへの問題提起もあった。

 予知を志向する地震学会を長年批判してきたロバート・ゲラー東大教授は「現時点で実用的な地震予知はできない」として、東海地震の予知を前提にした大規模地震対策特別措置法(大震法)の撤廃を求めた。

 「予知」という言葉自体に触れたのは井出哲東大准教授。「『(直前)予知』や『(長期)予測』といった言葉をあいまいに使うのではなく、定義などを議論することが重要だ」と訴えた。

 地震学は地震を直前に警告できる状況にないという。しかし、過大な期待から「予知や予測を決定事項のように発信し、それ以外のことは起きないとの認識を市民に植え付けてしまった」との指摘も出た。

 地震予知が難しいことを踏まえ「分からないことは分からないと伝える」「予知は不完全だということを学会として正しく発信する」などの方向性が示された。

◎定説過信、結論急ぐ/データ短期間、学説覆される

 国内の海域で最も地震研究が進んできたとされる宮城県沖で、なぜマグニチュード(M)9クラスの超巨大地震を予見できなかったのか。特別シンポジウムではアスペリティ(固着域)モデルへの過信が指摘された。過去の「定説」や限られた期間での観測データに縛られたという理由もある。

 東日本大震災は陸側のプレート(岩板)の下に太平洋プレートが沈み込む境界で発生。プレート同士の固着部分にひずみがたまり、一気に元に戻ろうとして起きた。

 予見の障害になった一つが、太平洋プレートが1億3000万年前と世界最古だったこと。古いプレート境界は固着が弱く、1億年以上の古いプレート境界でM9級の地震は発生したことがなかった。「M7、8程度の地震しか発生しない」と30年以上も考えられていたという。最近の研究で規模が推定された貞観地震もM8.4程度だった。

 今回の地震では日本海溝付近のプレートが最大50メートル滑ったとされる。海溝付近はプレートの沈み込む傾きが小さく滑らかなため、巨大地震は起こりにくいとされた。今回滑ったエリアは地震発生が少なく、ゆっくり滑っているとみられていた。

 これら主流の学説はいずれも覆された。実際には従来「滑っている」と考えられていた日本海溝付近のプレート境界は固着していて、それも一気に破壊された。結局、岩手、宮城、福島、茨城各県沖にかけて広範囲で破壊が進み、強い地震となったとされる。

 観測データにも落とし穴があった。

 国土地理院の100年分の測量データからは、東北の陸側プレートはゆがみが少なく、数十年の間隔で発生するM7クラスの地震で、内陸にかかる力が解消されるとの解釈が可能だった。

 100年以上のスパンで考えなければならない地震に対し、結論を急ぐあまり短期間のデータに寄りかかった。石橋克彦神戸大名誉教授は「地震学はまだまだ成長途上なのに、即戦力として使われてしまった」と自戒を込めて語った。震災を受け、政府の地震調査委員会は予測手法や長期評価の見直しを進めている。

◎なぜ想定できなかったか/学会員アンケート/「意識足りず」65%「理論未熟」71%

 学会員の意識が足りなかった―。東日本大震災の想定や防災などに関し、日本地震学会が学会員を対象にアンケートをした結果、大震災を想定できなかった理由について「意識が足りなかった」と思う人は「ややそう思う」「かなり」「非常に」を合わせて65%に上った。

 巨大地震を想定できなかった理由の他の項目でも「データの不足」と思う人は「やや」「かなり」「非常に」の合計で76%、「理論が未熟」ととらえた人も計71%を占めた。

 地震学の知見は防災に役立つかどうかについては「やや思う」の弱い肯定なども含め9割以上が「役立つ」と回答。半面で実際に役立てられているかどうかは「全くそう思わない」「あまり思わない」の合計が3割あった。

 役立てる上で障害になっている要因としては「蓄積されたデータ量の少なさ」(70%)、「防災に対する意識が希薄」(78%)、「他分野への関心が希薄」(86%)を挙げる人が目立った。

 報道や防災教育について多くが関心を持つ一方、実際には7割近くが児童や生徒を対象とした教育や講演の経験が一度もなかった。

 「地震学会が国や自治体の施策に十分に関わってこなかった」と感じる人も半数おり、8割の人は「関わるべきだ」としている。アンケートは9月末から10月上旬にかけて、学会員約2000人を対象に実施。約3割の約630人の回答を得た。

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