『毎日新聞』2011年7月20日付
記者の目:九大入試「女性枠」取りやめ=三木陽介
九州大が理学部数学科の12年度後期入試で初めて導入しようとした「女性枠」を、入試概要の公表直前の5月になって急きょ取りやめた。憲法で定める「法の下の平等」に抵触する恐れがあるというのが主な理由だ。昨年3月の女性枠導入の公表から1年も経ての変更は受験生への影響も大きく、お粗末だったが、私は男女共同参画に向けて九大が本気で取り組もうとした姿勢は評価したい。
◇男女共同参画への姿勢は評価
導入しようとした女性枠とは、数学科の一般入試後期日程で、定員9人のうち5人を女性に割り当てるというものだった。狙いは女性研究者を増やすこと。九大では、数学系の教員が所属する数理学研究院の教員46人のうち女性はわずか1人。鶏を増やすにはまずは卵からという発想だ。
しかし公表後、「憲法違反ではないか」「逆差別だ」などの批判が寄せられ、顧問弁護士からの指摘もあって白紙に戻した。会見した丸野俊一副学長は学内協議の中で「女性枠で入学した学生が特別視され、かえって肩身の狭い思いをするかもしれないという意見も出た」と明かした。
これらは、導入の検討段階で予見できることばかりだ。丸野副学長は「男女共同参画に(ばかり)関心が向いていた」と反省しきりだったが、同様の女性枠入試を導入した金沢工業大学が「志願者が少ない」として2年で打ち切った例もある。九大の目的は理解できるが、やはり拙速だった印象はぬぐえない。
だが、女性研究者を増やすことが必要なのは言うまでもない。たとえば、研究テーマの設定や商品開発でも女性の視点は不可欠だ。東北大・原子分子材料科学高等研究機構数学ユニットの小谷元子教授は「研究分野で多様性は、ブレークスルー(飛躍的進歩)を作るために絶対必要」と強調する。
◇全研究者の13%
女性研究者が少ないのは九大数学科に限ったことではない。国立大学協会が全国立大86校を対象に10年に実施した調査によると、教員の女性比率は12.7%。01年の調査に比べ、10年でわずか5ポイントしか上がっていない。協会が00年に打ち出した「10年までに20%」にほど遠い。民間も含めた女性研究者の比率は13.0%で、世界的にも最低レベルで、米国(34.3%)の約3分の1に過ぎない。
では、女性研究者を増やすにはどうすればいいのか。東京大が09年に学内の女性研究者を対象にアンケート(複数回答)を実施している。それによると、(1)研究と家庭との両立支援80.3%(2)評価する男性の意識改革53.8%(3)女性研究者の積極的登用など40.0%--という意見が上位を占めた。ある国立大の女性職員は「人事権を握る教授会が男性ばかりなので、男性目線の人事になりやすい」と語る。別の国立大の女性准教授は「どうせ男性が優先して採用されると、あきらめていた女性も少なくない」と、構造上の問題を指摘する。
女性教員を増やす取り組みはまだ始まったばかりだ。文部科学省は06年度から「女性研究者支援モデル育成事業」として、アイデアを大学から募るなど複数の補助事業を始めている。出産や子育て中にスポットでサポートに入る支援者制度▽保育所の整備▽女性研究者らによる女子中高生向けの啓発イベント--などが採択されている。
九大は、理・工・農学分野の教員採用で女性枠を設け、毎年5人ずつを目安に採用する計画だ。入試の女性枠と違って、男女雇用機会均等法の特例で認められている。昨年11月~今年1月の公募では10人の枠に117人が応募し、准教授2人、助教3人が採用された。担当する上滝恵里子准教授は「優秀な人材が獲得でき、学内の意識も変わりつつある」と効果を強調する。
男女共同参画への取り組みには大学間の温度差があるのが実態だ。国立大学協会の10年調査では参画推進の担当組織すら設置していない大学が86大学中11大学あった。「組織が形だけで実態がない所もある」(ある大学関係者)といい、女性教員数や比率を、大学の自己評価に組み入れているのは36%、外部評価は29・1%にとどまる。
◇荒療治も必要
今回、この問題を取材する中で「各大学がいろんなことを本気でやり始めた今こそ、思い切ったことをやらねば、いつまでたっても状況は変わらない」という声を聞いた。まったくその通りだと思う。文科省は、各大学に男女共同参画への取り組みを義務づけ、達成状況などを総合的に勘案した評価を公表するとともに、その評価を大学の運営費交付金の額に反映させることも検討してはどうだろう。目的達成のため、時には荒療治も必要だ。