政策評価・独立行政法人評価委員会 独立行政法人評価分科会委員懇談会 (1月11日開催)議事概要

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政策評価・独立行政法人評価委員会 独立行政法人評価分科会委員懇談会 (1月11日開催)議事概要

―速報のため事後修正の可能性あり―

日時
平成23年1月11日(火)17時00分から18時15分まで

場所
中央合同庁舎第2号館10階 総務省第1会議室

出席者
(独立行政法人評価分科会所属委員)
富田俊基独立行政法人評価分科会長、樫谷隆夫独立行政法人評価分科会長代理、黒田玲子委員
浅羽隆史、阿曽沼元博、荒張健、稲継裕昭、梅里良正、岡本義朗、梶川融、河野正男、河村小百合、黒川行治、黒田壽二、鈴木豊、田渕雪子、野口貴公美、宮本幸始、山本清の各臨時委員

(政策評価分科会所属委員)
立花宏臨時委員

(総務省)
田中順一行政評価局長、宮島守男官房審議官、讃岐建行政評価局総務課長、横山均評価監視官、平池栄一評価監視官、高橋巧調査官、平野誠調査官、萬谷優人調査官

議題
今後の独立行政法人評価の在り方などについて(フリートーキング)

配布資料
資料1 独立行政法人の主な経緯
資料2 独立行政法人の事務・事業の見直しの基本方針(平成22年12月7日閣議決定)(抄)
資料3 12月22日の独立行政法人評価分科会における意見等の概要

会議経過

(1)事務局から、資料に沿って独立行政法人を取り巻く状況等についての説明が行われた。その後、今後の独立行政法人の評価の在り方などについてのフリートーキングが行われた。概要は以下のとおり。

○ 政独委は二次評価機関であるので隔靴掻痒の感があったことは否めない。ただ、毎年、いろいろな独法を視察し、現場に当たったことは限られた時間ではあったが非常に参考になった。この隔靴掻痒の部分をなくすためには、できれば一元化した方が、隔靴掻痒は、少なくともなくなると思う。ただ、難しいのは、事務・事業そのものについての見識というのがどうしても欠けるところがあり、その辺のカバーをうまくやらなければならない。

  もう一つ重要なのは、我々評価委員ももちろんそうだが、事務局が評価のプロフェッショナルの方が非常に良いと思う。他省の評価委員会での経験では、評価する部署は、担当独法を監督し、事業を進める立場であり、必ずしも評価のプロではない。評価機関の事務局には評価のプロフェッショナルがいる方が良いのではないか。現在の評価システムがまずいわけではないが、現場を直接見に行って、課題があれば課題だと言えるような評価が望ましいのではないか。

  会計検査院は、少なくとも今までの現状を見ると、全体を良かったとか悪かったと言うのではなく、むしろ、ここが問題だった言っているだけで、指摘されない部分が適正だったかどうか、別に触れていない。会計士や会計監査人が行う会計監査は、監査基準という基準に従ってやっていくわけだが、全体が適正と言うには、会計基準という基準に準拠して財務諸表が作成されたどうかを監査基準という手法でもって監査して、基準に従っていれば財務諸表は適正ということになるわけである。ついては、評価も評価基準というようなもの、少なくともガイドライン的なものを作って、全体が正しい、合理的だと言えるものをつくっていただきたい。

○ いろいろな種類の違う独法を一くくりにして、同じやり方で評価するということに対する疑問がある。特に研究開発独法というのは時間軸が違う。或いは博物館、美術館といったものは、一つの独法というより、時間ではなく、もう少し空間的にも広がった物の見方をして考えるべきではないか、本質的なことを見逃しているのではないかということがいつも気になっていた。

  もう一つは、減点主義となってしまうこと。すごく良いことをしていても、何もしないで何も悪いこともしなければ、そちらの方が評価が高くなるということで萎縮してしまう。減点主義というのは全ての評価を通じた問題点であることを、いつも頭の隅に置いておくべきであると考える。

  公務員の定員を削減するということで始まったような独法化が、本当に良かったのか、もう一度、本省に戻した方がいいものはないのかという根本に戻った議論をやっていくことも、10年の区切りとして必要ではないか。

  評価者の資質、それは理系の人、会計の人、いろいろな人が入ってワーキング・グループなどでディスカッションするということは、とても良い方法ではないかと思うので、是非続けていただきたい。また、総務省の二次評価は省庁を横断して見ることができる。そういう点に特化して発展していただきたい。 

○ ランニングコストについて、削減一辺倒の議論がはびこっていると感じる。国立大学の施設と私学の施設を比べると同じ年数経っていても私学は綺麗。施設を建設してもメンテナンス費用はキチンと見ていないということにもなっており、設備の維持・管理の在り方についても考えていく必要があるのではないか。また、人件費を削減するために派遣職員が多くなっており、技術の継承ができていない。技術がしっかり継承されていくような仕組み作りを考えていく必要があるのではないか。毎日違う人が来てメンテナンスをやったりするから人為ミスで事故が起きている。人件費を下げるということだけでなく、技術の継承等を含め評価の段階できっちり指導することが必要。

  独法に無駄遣いがあるのも事実であり、法人等は表面的な良いことしかプレゼンテーションしない場合もあるので本質を見抜く力が委員には求められているのではないか。そのためには多くの現場を見て本当に出てきている書類がそういう風になっているか見極めることが重要。

  評価を一つの物差しだけで行うと、同じものがいくつもできてしまう。そうした政策誘導が強くなりつつあることを感じるが、それぞれの特徴を持ったものが生まれてくるような評価をしていく必要があるのではないか。 

○ 委員として感じたことをいくつか述べたい。第一点として、これまでもパンフレット等による広報がされているが、情報発信に更に力を入れていくことが必要ではないか。第二点は、評価委員は批判機能が第一義であるが、視察の場で理事長等と懇談をした際に、自らの専門の範囲内で第三者として助言したいと思うことが多かったのではないかと思う。このようなアドバイス的な機能をもっと果たして良いのではないか。三番目として、信頼性の高い情報を提示してもらうことが必要であり、提示される情報が偏ったものとならないようにする手段、チェックの方法を検討してもらいたい。

  四番目として、時々趣味を持って美術館や博物館に行かないと美術館や博物館の良さは分からない。全員がそんな暇はないであろうが、いろいろな価値観を持った人の全体として大いなる価値観を持ち、幅広い知見を持てば、全体として妥当なものになる。幅広い分野から委員を登用するとともに、委員も自らの専門分野外の意見にも耳を傾け、知見を深めて議論していってもらいたい。 

○ 国立大学の評価においては、教育・研究と経営面の一次評価が別立てとなっているが、経営面の活動は教育・研究を向上させるために行われる活動であり、別立てでの評価は難しいとの印象を受けた。これらの評価を一本化できないか。

  また、研究開発法人と他の独法とを同様の視点で評価するのも難しく他の視点で評価ができれば良いのではないか。複数の法人で研究課題や事業が重複しているようなものについては、ワーキング・グループ間で連携を強めた評価ができれば良いのではないか。   

○ 独立行政法人の見直しと言われているが、独法制度自体に問題があるのではなくて、独法の中期目標期間の制度を取り巻く諸制度とうまくマッチしていないために、独法制度本来の機能が生かされてきていないのではないかとの疑問がある。例えば、単年度主義の予算制度の中で、中期目標期間においてフレキシビリティーを持つ独法の仕組みがうまく機能するのは難しい問題。また、独法が国家公務員制度の受け皿となっていることが否めない中、公務員制度への批判を受けて、観点がずれた批判がなされているのではないか。また、職員にインセンティブを持たせようとして出発した独法制度が、そのようになっていない問題、独法がやるべきでない事務・事業がそのまま移行されている問題などもある。

  こうした問題を整理した上で、独法の評価や経営を論ずべき。政独委の評価についても現在の二次評価のように一歩引いたものではなく、事後的な評価というよりも法人に対してある程度の方向性を示すようなアドバイザリー機能を有してもよいのではないか。制度そのものを見直すのは良い機会であるので、これまでの10年間を総括してあるべき姿にもっていってもらいたい。

○ 評価も重要だが、経営主体の説明責任が重要なのではないか。その前提として、中期目標が明瞭性、客観性を備えたものとなっていることが重要だが、特に、定性的な目標の到達度について知見を有しない第三者が検証可能なものとなっているのか疑問がある。まずは経営主体が中期目標の達成度について、国民に対して十分な説明責任、経営責任を果たし、次に府省評価委員会や政独委がその説明について客観性が担保されているかを見るというたてつけではないか。その意味で内部に近い者による自己評価、これは管理機能そのものだと思うが、管理機能の説明責任を上げていくことを考えるべき。そして、府省評価員会は、内部性のあるアドバイス機能を持ったものにし、政独委は第三者的に事後検証するという振り分けを考えていくこともあるのではないか。

  最後に、組織目標に対する評価がキチッとしていることを前提に経営管理の対価として、組織経営者に対してもう少しインセンティブを付与する仕組みが必要ではないか。

○ 持続困難な財政状況を持続させていくためには、増税又は支出の削減をせざるを得ない。増税が実質的に難しく、支出を削減しなければならない状況下での評価は減点主義とならざるを得ないのが実状であり、疑問を感じつつもここだけ増やすとは言いづらいと感じている。また、政策評価との関係であるが、必要性に疑問のある独法の事務・事業があっても独法評価だけではそれを廃止すべきと言いづらいというジレンマがあった。研究・開発などには失敗や無駄があってもやむを得ないという思いがある一方で、このような財政状況下ではそのようなこともいっていられないという思いもあり、そういった思いを抱えつつ自分なりにできる仕事をやっていきたい。

○ 主務省の担当官は言ってみれば会社の事業部長であり、各省の評価は企業のセルフアセスと同じ。政独委は日本国という一つの会社の内部監査。このため、細かいところは見られず、実際にも横断的な問題に対する解決策がなかなか見いだせないジレンマを感じた。アドバイザリー機能などポジティブな改善を図る機能は重要だが、利害関係のない者がしっかりと横ぐしを刺して全体最適化の観点から問題意識を持ち、最終的方向性は政府が決めるという仕組みでないとうまく回らない。また、役員の報酬を決めるときに不祥事が起きると減点要素がついているが、内部統制により問題をゼロにすることは無理である。それを全て無くそうとすれば、かえって膨大なコストをかけることにもなり、数千万の不正に何億円もかけるような状況も生じている。例えば、米国には不正リスク管理のガイドがあり、それに基づき経営していれば不正事件が起きても減刑される制度もあると聞いている。今後は、仮に不祥事があったとしても、どの程度の内部統制環境を整備していれば経営責任が果たされているといえるのかについても考えていきたい。

○ 独法制度が出来たとき、分かりやすく、見やすい良い制度が出来たと感じた。分かりやすいが故に、政治的なパフォーマンス等に利用されてきた面もある。特殊法人改革の中で特殊法人の受け皿として独法が利用され、その中に良くないものがあったゆえに独法制度そのものが悪であるという流れになり苦難の歴史を歩んできたのではないか。また、行政との関係では、本来、任せるということで始まったはずなのに、ラスパイレスのコントロールなど独法に「させる」方に動いた面もある。独法側としても、任せるのか任せないのか分からず苦労したと思うが、独法制度が悪であるという今の風潮では、ますます行政のコントロールが強まり、本来の任せるということと逆になってしまう。廃案になった独法通則法改正法案の評価機関の一元化やガバナンスの在り方などは良いものであったので、これも参考にしながら制度見直しを進めてもらいたい。

○ 研究開発法人の評価は異なった視点が必要との意見があったが、研究開発法人であっても機関評価は必要ではないか。研究開発法人に関しても政独委として統一的な視点の下に評価をしていく役割があると考える。また、ダブルチェックが必要ではないか、そのやり方として各府省独法評価委員会の評価に対して意見を言うだけではなく、中期目標の妥当性をどう担保するかという観点から中期目標の設定にコミットするなどの仕組みが必要なのではないか。また、広報の観点も非常に重要であり、政独委のワーキンググループや現地視察など、審議経過をオープンにするような取組について、更に推進していく必要があるのではないか。  

○ 評価基準やマニュアルといったものが無いためにある意味で政治的バイアスにも弱く、各府省評価委員会の評価においても最低水準が守られていないのではないか。国立大学等を評価する大学評価・学位授与機構の評価では、研修をやって下ぞろえをしているので、そういうことについて考えていく必要があるのではないか。

○ 外部性・独立性を持つ独法評価などは、外部公監査に含まれる。今日の意見の中に、コスト削減を図る評価のマイナス面が指摘されているが、GAOの報告書でも監査の目的は、B/Cもあるが最後はコスト・エフェクティブとされている。コストと有効性の評価が業績監査である。

  現在の一次評価と二次評価はそういう意味での制度設計になっていないと思うが、業績監査が十分に行われなければ、評価委員から見ても納税者から見ても不満足なものとなるのではないか。独立性と監査という意味合いでの評価というものはどうあるべきかということを、今後の制度設計の際に詰めていく必要があるのではないか。

○ 独法評価の範疇では、各府省の政策自体に意見を言うことができず、独法の事業が政策目的に照らしてベストとは言い難いと感じてもなかなか言えなかった。また、二次評価という枠組みの下では、府省の枠を超え、国全体としての効率化の観点から指摘を行うことは困難であるといった点を感じた。  

○ 一次評価が適切であるかどうかを判断するためには、二次評価といえども独法そのものを評価しなければならず、一次評価の必要性に疑問を感じた。また、二次評価意見が一次評価機関にどれだけを尊重され効果があるのか疑問があった。  

  任命されて最初の一年は、今まで知らなかったことを随分教えてもらったが、相当腹も立てた。だんだん慣れてしまったかもしれないが、改めて原点に帰った国民視点の評価を行っていく必要があると考えている。

  また、業績勘案率について、業績が伸びていない場合でも退職金を払う必要があるのかと制度そのものに対する疑問を感じている。

○ 法的に見て政独委の権限は十分とはいえない中で、これまでの政独委委員による努力の積み重ねを感じる。法律で決めきらない方が出来る部分もあるかと思うが、何かあった場合の権限はきちんと強化しておくべき。廃案になった独法通則法改正法案では新しい評価機関に強力な調査権限が付与されることになっていたが、今後の一次評価、二次評価の在り方がどうなるとしても強力な調査権限を制度的に規定しておくことは重要ではないか。

○ 二次評価の在り方として、一次評価を行う各府省独法評価委員会の委員に我々の気付きの点が伝わるというのも一つのポイントではないか。

  また、評価疲れという声が現場から聞こえており、良かれと思って意見を出すにせよ、その意見が現場に伝わっていくものとなっているかについて考えていく必要があるのではないか。独法の担当者が悪いことをしている前提で評価をするとその方々とのコミュニケーションが図れない。むしろ、人間だから気付かないところもあるのではないか、何らかの後押しが必要なのではないかという視点に立って評価していく必要があるのではないか。

○ 各府省独法評価委員と政独委の委員、政独委の独法分科会と政評分科会の委員間のコミュニケーションについて工夫していく余地があるのではないか。

 

○ 企画と執行を分離し、独法が執行を担うという場合に、理事長や理事は、経営者なのか執行役なのかを考えている。経営者として捉えるのではなく管理者としてだけ評価すべきなのか。あるいは組織である以上経営者として判断すべきなのか。しかし、自主的に経営を考えられる組織形態になっているのか疑問がある。この問いは解消していないが、現状を踏まえながら少しでも良いものにしていくために原点に返りながら評価の在り方を考えていく必要があると感じている。

○ 独法制度については、予算の事前統制を緩めて最適化を追求しようとすることに問題はないか、また、多年度予算の方が効率的ではないかという意見があるが、憲法86条の単年度予算主義の原則との関係で問題はないか、二つの問題意識を持っている。さらに評価についての考えを述べたい。評価は資源を配分するために行うのであるが、資源配分は、本来、市場か政治が行うかしかないので、評価は神への挑戦という面がある。市場は神の見えざる手によって資源配分が調整される。それがなされないところは政治によって配分される。二次評価でアドバイス機能を持つべきという意見もあったが、これをあまねく機関に行うことは不可能。そうした意味で評価は客観性が担保されているかどうか、目標が明確に設定されているかどうかが重要。

  企画・立案と執行を分離し、独法は執行を担うという制度になじまないものまでが、公務員の定数制度との関係で独法化されてきたのではないかという問題。これらを含め、まだまだ課題は山積しているので政独委委員のさらなる努力と独法制度の発展に期待したい。

(2)事務局から、次回の分科会開催等について報告があった。

以上
(文責:総務省行政評価局独立行政法人第一担当室)

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