医学部定員増に懸念も 教育学会がシンポ『東京新聞』2010年8月12日付

『東京新聞』2010年8月12日付

医学部定員増に懸念も 教育学会がシンポ

医師を増やす国の緊急対策を受けて、医学部の入学定員増が進んでいる。この三年間に、全国七十九大学(国公立五十校、私立二十九校)で計千二百人以上、増えた。大半は「地域枠」の別枠選抜だ。医師を目指す受験生には朗報だが、急激な定員増を懸念する声も。患者の望む医師養成につながるのか-。七月末、東京で開かれた日本医学教育学会のシンポジウムの議論を紹介する。 (編集委員・安藤明夫)

シンポで「急激な定員増は、逆に医療崩壊を悪化させる」と警告したのは、岩手医大の小川彰学長。

医学教育に手のかかる時代になり、学生一人に対し、教員一人の配置が不可欠という。だが、「教員候補は三十~四十代の勤務医。地方の病院はギリギリの状況にあり、この年代の医師が一人でも欠ければダメージは大きく、ドミノ式に医療崩壊が進む」と強調した。

「教員増や環境整備などの措置がなければ、教育の質も学生の質も低下する」と指摘したのは、横浜市大医学教育センターの後藤英司教授(医学教育学)。

十分な能力を身に付けた医師を社会に送り出すためには、コミュニケーション力や倫理観などを植え付ける教育も重要。最近は専門教育を重視し、教養教育にかける時間が少なくなっているといい、「定員増への対応が難しい」と訴えた。

これに対し、旭川医大の吉田晃敏学長は、思い切った「地域枠」導入の取り組みを話した。

同大は道外の出身者が多く、道内に残る卒業生は二割前後だった。二〇〇九年度から「卒業後、道内病院で臨床研修を受けること」などを条件に推薦入試、AO入試で入学定員の約50%を地域枠にした。

さらに、教職員や学生が道内の高校生たちと交流し、受験を呼び掛けた。その結果、一、二年生の道内出身者比率は、一気に全体の70%にまで上がった。

吉田学長は「医療崩壊は深刻で、地元の病院での臨床実習すら十分にできないのが現状。定員増は大変だが、泣き言は言っていられない」と力説した。また、地域枠の拡大による質の低下の懸念については「入学時の偏差値が多少低くても、伸びていく学生が多い」と話した。

名古屋市立大の大森豊緑特任教授は、和歌山県立医大の大幅定員増に行政の立場で携わった経験を基に、地方行政と大学の連携について話した。

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定員増で医学部は「広き門」になったのか-。

大手予備校・河合塾教育情報部長の近藤治さんは「地方の国立大で偏差値がやや低下しているが、飛び抜けた難関であることは変わらない」と説明する。

これまで医学部志望者は、地元にこだわらずに地方の国立大を目指す傾向があり、卒業後に地域に根付かない一因にもなっていた。地域枠の拡大で「地方の国立大より、東京の私大」という傾向が出ているという。

「地元の高校生が、地元の大学の医学部に入りやすくなったという面では、地域医療の人材確保につながるのでは。いずれにしても、入学後の教育が重要」と話した。

◆医療崩壊で国が政策転換 進む『地域枠』導入

医学部の定員をめぐっては1982年、行政改革の閣議決定で削減方針が打ち出され、84年度以降の7年間で約7%減少した=グラフ。

その後、地域医療の崩壊が問題になる中、医師抑制政策は見直され、2006年の「新医師確保総合対策」、翌年の「緊急医師確保対策」により、08年以降、医師不足が深刻な県の大学が「地域枠」を設ける流れが広がった。

本年度の定員は、8846人と3年間で16%の急増になる。卒業後に地元で一定期間勤務することを条件に、推薦入試や、面接重視のAO入試を行う大学が多い。

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