『朝日新聞』2010年8月7日付
大学特許、稼ぐ種に 国内初の知財ファンド、設立発表
産業革新機構は6日、製薬大手とともに国内初の「知的財産ファンド」を9月にも設立すると正式発表した。大学や公的研究機関に眠る生命科学分野の医療関連特許を買い取り、事業化を促す。「日の丸ファンド」結成で、日本の大学特許に触手を伸ばす外資に対抗し、米国に比べて遅れている産業界への技術移転で巻き返す。
「日本は技術で勝ち、事業で負けると言われる。特許を収益につなげる知財戦略が欠かせない」。東京都内で記者会見した産業革新機構の能見公一社長は、知財ファンド設立の意義をこう強調した。
ファンドには、機構が当初6億円を出資。武田薬品工業が出資を決めたほか、他の製薬大手3社も数千万円ずつの出資を検討している。再生医療で期待されるヒトのES・幹細胞▽がん▽アルツハイマー▽病気の診断根拠となる指標(バイオマーカー)の4分野の特許を買い、製薬会社などに広く利用してもらうため、会社に求める特許技術の利用料金は安く抑える。
機構がまず医療関連で知財ファンドを設立するのは、基礎研究の段階で将来の使い道を判断しやすいからだ。1千件を超える特許で成り立つデジタル製品と異なり、実用化に向けてファンドが買い集める特許の数も少なくて済む。ファンドが今後3年間で買う特許は数百件程度だという。
■外資の触手を牽制
「日の丸ファンド」の結成は、外資ファンドを牽制(けんせい)する意味合いも大きい。
米国の特許専門の民間ファンド「インテレクチュアル・ベンチャーズ」は2007年に日本に進出。大学への営業攻勢をかけてきた。ある大学関係者によると「1件あたり50万~100万円で様々な分野の特許をまとめて買っているようだ」。税金を使った大学の特許が新薬開発などに生かされればいいが、海外に流出して日の目を見ない可能性も捨てきれない、との懸念が大学側にはある。
技術移転で先行する米国では、大学発の特許を束ねて産業界が使いやすい状態まで磨く役割をバイオベンチャー企業が担う。新薬開発には9~17年かかるものの、製品化される確率は2万1677分の1といわれ、製薬大手がすべて自社開発するのは難しい。特定の医療分野に特化したベンチャーが産学連携の「パイプ役」になっているのだ。
米大手監査法人アーンスト・アンド・ヤングの調べでは、米バイオ企業の09年の売上高は計566億ドル(約4兆9千億円)、純利益は37億ドル(約3千億円)。ヒット製品が一つ出れば巨額の利益が転がり込むため、投資家の資金が流れ込み続け、非公開のベンチャー企業を合わせると全米に1699社あるという。
こうしたバイオベンチャーは日本にもあるが、資金の出し手が限られ、人材不足に直面しているのが現状。大学に散らばった特許をパッケージ化して、新薬開発などにつなげる力は米国に比べて弱い。
官民合同で優れた技術力を一つに束ねて成長を模索する動きは、原子力発電所や新幹線などのインフラ輸出の売り込みと同じ構図だ。08年秋のリーマン・ショック以降、企業活動への政府関与は世界的な流れになっている。機構は燃料電池や太陽光発電などでも知財ファンドを立ち上げることを検討しており、第一弾となる医療分野の成否が官民協調路線の試金石となる。(都留悦史、ニューヨーク=山川一基)
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〈産業革新機構〉 最先端技術の実用化を支援する目的で2009年7月、15年間の時限措置で設立された官民ファンド。政府保証がついた上限8千億円の借入枠を含めると、投資余力は9千億円程度と日本最大級。元あおぞら銀行会長の能見公一氏が社長を務める。