《市場化テスト導入阻止情報》No.17=2010年7月28日
民主党「新成長戦略」の下、市場化テスト法を“強権的市場化推進法”として完成させる新『公共サービス改革基本方針』
国立大学法人法反対首都圏ネットワーク事務局
菅内閣は参議院選挙投票日直前の7月6日、『公共サービス改革基本方針』(以下、『基本方針』)の改定と措置内容に関する別表を閣議決定した。http://www5.cao.go.jp/koukyo/kihon/kihon.html
だが、閣議決定に至るまでの官民競争入札等監理委員会(以下、監理委員会)の審議経過は異様であった。すなわち、別表の記載内容案については事前に公表し、監理委員会と担当府省との間の協議が続けられていたが、本質的により重要である『基本方針』の改定案についてはウェブサイト上で「非公開」のラベルが貼られたまま審議が行われ、7月2日付の書面決議を経て7月6日の閣議に付されたのである。国立大学法人関係でいえば、各大学や文科省からの意見や要望をある程度受け入れて別表の内容を部分的に改善したが、それらの改善をほとんど無力化することができるように『基本方針』の抜本的改定が行われている。監理委員会は抜本的改定という戦略的目標達成のために、府省の関心を別表に引きつけさせる一方、審議対象とした改定案を一切非公開としたのであろう。
本小論では、今回改定された『基本方針』(以後、新『基本方針』)がいかなる背景のもとで策定され、いかなる本質を有しているかを分析する。
以下に目次を記す.
1.全面的に見直された『基本方針』
2.新『基本方針』の内実
(1)「法」を超えて対象を拡大
(2)「新しい公共」という名の公共サービスとその主体の解体
(3)迫り来る強制配転と解雇
(4)強権装置の構築
3.新『基本方針』の本質
(1)市場化テスト法を強権的市場化推進法に
(2)脱法的手法に基づく改変
4.「新成長戦略」遂行手段としての新『基本方針』
(1)内需拡大のための公共サービス市場化
(2)「新しい公共」の欺瞞性と危険性
5.おわりに
1.全面的に見直された『基本方針』
『基本方針』は、2006年小泉構造改革の一環として制定された市場化テスト法(官民競争入札法)と略される「競争の導入による公共サービスの改革に関する法律」(以下、単に「法」)に基づくものである。『基本方針』は、「法」制定後の2006年9月に策定されて以来、5回改定が行われたが、その内容は実務的な事項にとどまっていた。これに対して今回の改定は、「全面的な見直(し)」(新『基本方針』1ページ。以下、ページ数のみ)によって策定されたものであり、新たな『基本方針』と呼ぶべき内容である。その中心は以下の4点に集約される。
第1に、対象の拡大である。「国及び地方公共団体が行う官民競争入札又は民間競争入札(以下「法に基づく入札」という。)による狭義の公共サービス改革のみならず、より包括的な広義の公共サービス改革にも視野を広げて」いる(2ページ)。
第2に、実施主体の多様化である。「行政府のみならず、広く国民が「公(おおやけ)」の役割を担う「新しい公共」」という考え方が提示されている。
第3に、「余剰人員」対策である。改定前の『基本方針』では、「民間事業者が落札した場合の国家公務員の処遇」としていたが、これを新『基本方針』では「余剰人員」とし、配置転換と出向・移籍を推進するとしている。
第4に、国の行政機関の責務と公共サービス改革推進室・監理委員会ならびに行政刷新会議の任務と権限が明示されている。
2.新『基本方針』の内実
(1)「法」を超えて対象を拡大
対象規模の拡大に加えて、「国及び地方公共団体が行う官民競争入札又は民間競争入札1(以下「法に基づく入札」という。)による狭義の公共サービス改革のみならず、より包括的な広義の公共サービス改革にも視野を広げて」いる(2ページ)。「より包括的な広義の公共サービス改革」が、「法の施行範囲を超えた」ものあることは新『基本方針』が自ら認めている(13ページ)。
(2)「新しい公共」という名の公共サービスとその主体の解体
鳩山前内閣時から提唱されている「新しい公共」とは、「公共サービスを提供し得る者は、必ずしも行政機関のみではない」という認識のもとに「民間事業者やNPO等の国民各層が広く「公」を担う」という考えであり、新『基本方針』ではこの考えにもとづいて「公共サービスの担い手の多様化を推進することが必要である」とされている(8~9ページ)。これは、「新しい公共」というネーミングによって、「新しさ」と「公共性」を強調しているかに見えるが、新自由主義の「小さな政府」論と全く同じであり、公共サービスを民間資本の直接の利潤追求対象に変えるものである(4.「新成長戦略」遂行手段としての新『基本方針』を参照)。そのために、(1)で指摘した対象の拡大が設定されている。また、「担い手の多様化」とは、公共サービスを担ってきた公務員の業務の専門性や固有性を否定し、短期雇用の「官製ワーキングプア」を大量に生み出して、公共サービスの主体の解体に結びつくものであることを指摘しておく。
(3)迫り来る強制配転と解雇
既に「法」の実施過程で配置転換と雇い止め(解雇)が拡大してきたが、それに対する粘り強い闘い(《市場化テスト阻止情報》No.13など参照)もあり、新『基本方針』では「配置転換と新規採用の抑制等による対応を基本としているものの、多数の余剰人員が生じるケースでは当該対応に限界がある。そうしたケースでは、当該公務員が所属する国の行政機関等における別途の業務で人員需要が見込まれる場合を除き、個々の国の行政機関等の判断のみで法に基づく入札に付すことを躊躇する傾向が顕著になっている。」(7ページ)と現状を分析している。このため、新『基本方針』ではこれまでの『基本方針』ではさすがに避けていた「余剰人員」という規定を敢えて行い、それへの対応のために「府省の枠を超えた配置転換や、国の行政機関等から民間への出向・移籍を推進するとともに、必要な場合は新規採用を抑制する」(10ページ)と述べている。ここには、「法」の上位法にあたり、2009年に制定された公共サービス基本法(注)第11条 の「国及び地方公共団体は、安全かつ良質な公共サービスが適正かつ確実に実施されるようにするため、公共サービスの実施に従事する者の適正な労働条件の確保その他の労働環境の整備に関し必要な施策を講ずるよう努めるものとする。」という視点が欠落しているだけでなく、その否定がなされている。そればかりか、現在行われている公務員改革の検討が進展すれば、「法」が求めている公務員処遇さえ見直すとしている(28ページ)。
注)公共サービス領域でいっそう市場化を進めようとする勢力と、市場化過程で大量に発生しつつある官製ワーキングプアへのケアを求める運動の妥協の産物ともいえる。2009年前半の緊迫した政局の中、全会一致で採択。
(4)強権装置の構築
今回の改定の中でもっとも中心的な事柄が、市場化推進のための強権装置と発動態勢の構築とである。新『基本方針』の10~15ページにその詳細が書かれている。
1)監理委員会
第1に、監理委員会の任務が「法」が規定する内容から変更されている。「法」は第37条において監理委員会の設置目的を「公共サービスの改革の実施の過程について、その透明性、中立性及び公正性を確保するため」としている。ところが新『基本方針』では監理委員会の審議内容として「実施過程の透明性、公正性及び競争性」(13ページ)をあげ、中立性が削除され、競争性が新たに挿入されている。
第2に、勧告できる事項が「法」の範囲を超えて無限定的に拡大することが可能となっている。「法」は第38条において、
(監理)委員会は、この法律の規定によりその権限に属させられた事項を処理する。
2 委員会は、前項の規定によりその権限に属させられた事項に関し、内閣総理大臣又は内閣総理大臣を通じて関係する国の行政機関等の長等に対し、必要な勧告をすることができる。
として、設置目的である「透明性、中立性及び公正性」に限定して勧告権を監理委員会に付与している。ところが新『基本方針』では、「公共サービス改革のために必要と考えるとき」(14ページ)と事実上無限定的になっている。「中立性」の削除と併せて考えると、監理委員会の性格がチェック機関から市場化推進機関へと変わったと見るべきであろう。
2)公共サービス改革推進室
そもそもこの改革推進室は「法」に規定されていない内閣府の組織であるにもかわらず、「公共サービス改革の司令塔」(12ページ)と位置付けられ、基本方針を作成し、国の行政機関等へ是正措置ならびに情報提供を要求する権限が与えられている。そればかりではない、「法」の施行範囲を超えた広義の公共サービス改革推進の任務が付与され、行政刷新会議(後述)との連携が謳われている。
3)行政刷新会議
行政刷新会議は、「国民的な観点から、国の予算、制度その他国の行政全般の在り方を刷新するとともに、国、地方公共団体及び民間の役割の在り方の見直しを行うため」として内閣府に設置されたものである。新『基本方針』は、この行政刷新会議の下に「公共サービス改革分科会」(仮称)を設置することなどを検討するとして、公共サービス改革を行政刷新会議の強権的指揮下におくことを提示している。
4)国の行政機関等
国の行政機関等は、監理委員会の運営、審議への積極的協力が義務づけられている(12ページ)。しかし、「公共サービスの改革の実施の過程について、その透明性、中立性及び公正性を確保するため」(「法」37条)に設置されたチェック機関としての監理委員会の運営・審議に、当事者である国の行政機関が協力することは、「法」第4条が示す国の行政機関等の責務内容を超えているばかりか、「法」37条が要求する監理委員会の中立性の原則と抵触する。それ故、新『基本方針』は監理委員会の任務からこっそりと「中立性」を削除したのであろう。こうして、国の行政機関等は、中立性を捨てた監理委員会に従属を強いられることになる。また、国の行政機関等が広義の公共サービスを「民間に委ねずに提供する場合は、上記①~④(ページ9参照)の基本原則が遵守されているか第三者による評価を受ける」(9~10ページ)として、強い縛りをかけている。
3.新『基本方針』の本質
(1)市場化テスト法を強権的市場化推進法に
まず、指摘されなければならないことは、この新『基本方針』によって市場化テスト法が強権的市場化推進法に改変されることである。2006年制定の市場化テスト法は、阻止情報No4で紹介したように強権的に公共サービスを解体する構造を当初から有していたが、それでも建前上は、その対象を限定し、しかも当時は「テスト」と称して可逆性を強調し、透明性、中立性及び公正性を標榜していた。しかしながら、新『基本方針』は、その限定性を取り除き、これまで国の行政機関等が担ってきた公共サービスをすべて市場化の対象にすると明言し、改革の実施過程における中立性を捨てて競争性を重視する。そして、改革実行のための強権装置と発動態勢の構築を宣言したものである。これは、市場化テスト法がさらに危険なものに改変されることを意味する。あるいは、新『基本方針』によって、小泉構造改革が成し遂げようとした市場化テスト法の立法趣旨が、民主党政権によって実現されたというべきかも知れない。
(2)脱法的手法に基づく改変
第1に、対象が「法」を超えている、すなわち「法」を逸脱していることは、新『基本方針』自身が認めている。
第2に、「余剰人員」への対処は、公共サービス基本法第11条に反している。
第3に、中立性を保つとされた監理委員会の権限が「法」の規定する任務を超え、強権的執行機関へと転換している。また、「法」に基づく設置根拠のない公共サービス改革室に「司令塔」の任務を与えている。
第4に、強権装置は、その頂点に行政刷新会議を抱きつつ完成させようと目論まれているが、その行政刷新会議は閣議決定によって内閣府に設置されたものに過ぎない。同会議に法的根拠を与えようとした政治主導確立法の成立が7月11日の参議院選挙での民主党の敗北によって不可能となった現在、構築しようとしている強権装置自身が適法性を失うことになろう。
4.「新成長戦略」遂行手段としての新『基本方針』
ではなぜ民主党政権は、脱法的手段に訴えてでも、小泉構造改革が成し遂げようとした市場化テスト法の立法趣旨を新『基本方針』によって実現させたのか。それは、新『基本方針』が民主党の掲げる「新成長戦略」を遂行するに不可欠な手段として設定されているからである。
(1)内需拡大のための公共サービス市場化
民主党政権として登場した鳩山首相(当時)の指示を受けて直嶋経産相は、「アジアも視野に入れた日本の経済成長の姿について、戦略を策定する」ために有識者から意見を聞く成長戦略検討会議を2009年10月21日に発足させた。そこで策定されるべき戦略は「内需と外需のバランスのとれた、日本の新たな経済成長を目指す」内容とされていた。同会議は2ヶ月弱の間に9回開催され12月10日に終了した。同日、内閣府の第55回官民競争入札等監理委員会(監理委員会)において仙谷行政刷新担当相(当時)が「平成23年度以降の事業について、質の向上とコスト低減の2つの観点から、公共サービスの見直しを本格的に進める」として「公共サービスの見直しの進め方」という文書を『配付資料』として持ち込んだのである。
一方、12月15日には首相を議長とする成長戦略策定会議が内閣官房の国家戦略室に設置され、12月30日には「新成長戦略(基本方針)~輝きのある日本へ~」が閣議決定されたが、その中では「官だけでなく、市民、NPO、企業などが積極的に公共的な財・サービスの提供主体となり、教育や子育て、まちづくり、介護や福祉などの身近な分野で活躍できる「新しい公共」の実現」をめざすと規定されている。
http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2009/1230sinseichousenryaku.pdf
こうして、「新しい公共」をキーワードとして、公共サービスの見直し=公共サービス市場化が「新成長戦略」における内需拡大手段として位置付けられたのである。民間のシンクタンクはつぎつぎと公共サービスの市場化が内需拡大の切り札であると喧伝し、打ち上げ花火のように目標を設定した。例えば、みずほ総研は、2020年における公共サービスアウトソースの目標規模を以下のように設定している(2010年3月17日「公共サービスアウトソースの新時代へ~みずほ総合研究所から7つの提言~」)。http://www.mizuho-ri.co.jp/research/investigation/pdf/report201003.pdf
1)PFI事業:現在の5000億円程度から年7.3兆円へ
2)指定管理者制度:年2.4兆円へ
3)市場化テスト:地方自治体の業務のうち、市場化テスト対象業務の50%を市場化テストに付するとして、約13万人分の「雇用不足」
みずほ総研は、さらに「緊急提言:10年で120兆円を生み出す新たな内需振興策」(4月16日)
http://www.mizuho-ri.co.jp/research/economics/pdf/report/report10-0616.pdf
を発表した。これらの「提言」は、財界の司令塔である日本経団連の「成長戦略2010」(4月13日)http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2010/028/index.html
へと流れ込み、成長戦略の基軸=公共サービス市場化という大合唱となったのである。これをオーソライズしたのが経産省新産業構造審議会(2010年2月25日発足)の「産業構造ビジョン2010」(6月3日)
http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004660/index.html#vision2010であり、菅新内閣が6月18日に閣議決定した「新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ~」なのである。
http://www.kantei.go.jp/jp/sinseichousenryaku/sinseichou01.pdf
このように「新成長戦略」は、日本経団連の提言に盛り込まれていた、法人実効税率の引き下げ、インフラ輸出とともに、規制改革・民間化・市場化による市場創出等を丸呑みしたものであるから、米倉日本経団連会長が、「日本経済が抱える主要課題の解決に向けた取組みについて、定量的な目標や実施の時間軸を含め、具体的な形で示されたことを評価する」と、歓迎のコメントを即刻発表したのは当然であった(6月18日)。http://www.keidanren.or.jp/japanese/speech/comment/2010/0618.html
「新成長戦略」にとって必須の、規制改革と公共サービスの市場化による内需拡大を実現するためには、強権が必要であるが、2006年制定の市場化テスト法はその強権発動を十分には保証していなかった。そこで、監理委員会に脱法的手法によってでもその強権を付与するために、5月26日の第60回本会議において大塚副大臣が「『公共サービス改革基本方針』について」という配付資料を持ち込み、非公開で『基本方針』の改定を審議し、新『基本方針』の策定へと向かったのであった。
(2)「新しい公共」の欺瞞性と危険性
民主党への政権交代が行われて登場した鳩山前首相は、最初の施政方針演説(2009年10月26日)で「新しい公共」を提起し、そして2度目の2010年1月29日でも同様に「新しい公共」を語り、「新成長戦略」遂行のキーワードの一つとした。だが、この「新しい公共」は、Project.review主宰の西田亮介氏が批判するように“「新しい」と名付けられているものの、民主党政権が考え出した新しい概念ではない”。西田氏は、平成16年度版『国民生活白書』や平成17年の総務省「分権型社会に対応した地方行政組織運営の刷新に関する研究会」報告書『分権型社会における自治体経営の刷新戦略』を紹介しつつ、「新しい公共」という考え方が実は小泉政権が行った新自由主義的改革と対応していることを指摘している。
http://www.policyspace.com/2010/06/post_723.php
実際、「新しい公共」によって提起されている具体的内容においては、西田氏が紹介している2つの文献との間に本質的な違いはない。ただ、小泉政権時代には「新しい公共」が行政改革の中で率直に位置付けられているのに対して、鳩山前首相はそのことには口をつぐみ、「新しさ」や「公共」を饒舌に語るという欺瞞的手法を採っている。小泉構造改革のなかで制定された2006年市場化テスト法の立法趣旨を、「新しい公共」を唱える民主党政権が新『基本方針』によって完成させたのは、蓋し必然なのであろう。
しかしながら、「新しい公共」を欺瞞的であると批判するだけでは不十分であろう。そこにひそむ「新しい危険性」も指摘しておく必要がある。
第1の点は、菅首相が「新しい公共」との関係で所信表明演説(6月11日)において実現を目指すという“支え合いのネットワークから誰一人として排除されることのない社会”とは一体何なのかということである。これは近年EU諸国で強調されているソーシャルインクルージョンからの援用であろうが、その内容がソーシャルインクルージョンの議論とはほど遠いことは「新成長戦略」の別表「成長戦略実行計画(工程表)」の「VI雇用・人材戦略」の“「新しい公共」-支えあいと活気ある社会の構築”をみれば明瞭である。その中には所信表明のような美辞麗句はなく、
1)「新しい公共」への参加割合を2010年の26%から2020年には約5割にする。
2)「国民の自発的な寄付の流れを2020年にはGDP比5~10倍増」、つまり、「現在、総額約1000億円の個人寄付を、6,500億~1兆3000億円」にする。
と記述されている。要するに、本来、自発的であるべきボランティア活動や寄付行為を、国家の意思によって誘導し、勤労奉仕と私財提供を要求しているのである。これは、「新成長戦略」のために社会統合を進め、その構成員である国民を新たに動員しようする危険な国家意思の表明とみるべきではなかろうか。社会学者の中野敏男氏は市民ボランティア運動の中に戦前からの国民総動員の思想が流れ込んでいることを指摘している(『大塚久雄と丸山眞男―動員、主体、戦争責任』中野敏男(2001)青土社).
第2の点は、公共サービスの市場化があたかも新たな大量の雇用を生み出すかのような幻想を振りまいていることである。先に引用したみずほ総研の3月17日付け提言では、地方自治体業務を50%市場化することによって13万人の「雇用不足」が出現するとしている。しかしながら、これはその業務を担ってきた地方公務員の解雇、あるいは強制的な民間企業への異動を惹起する訳であるから、雇用の創出にはなり得ない。公務員へのデマゴーギッシュな攻撃を背景に、雇用を求める労働者同士を競争させ、さらに大量の「官製ワーキングプア」を生み出すことは必至である。
5.おわりに
以上、新『基本方針』について分析を試みたが、政権党である民主党に加えて自民党、みんなの党など総ぐるみの一大政治勢力と経団連を司令塔とする財界が結託して推し進めようとする「新成長戦略」の本格的な批判的分析作業はほとんど手がついていない。現在の危機の本質は何であり、それをどう打開するのかということを見据えての批判が必要であろう。さらに、「新しい公共」というイデオロギーも軽視せず批判的検討が重要である。我々はどのような協働社会を目指すのか、そしてその中で一人一人の労働の固有性はどのように実現されなければならないのか、未来へ向けての挑戦が求められている。
さて、菅内閣は、周知のように既に6月22日の閣議において「新成長戦略」を支える「財政運営戦略」を決定している。そして「財政運営戦略」の「中期財政フレーム」に基づいて、7月27日の臨時閣議は政策経費の一律1割削減を主な内容とする概算要求基準を決定した。このシ-リングによって、国立大学法人を含めて国の行政機関等が公共サービス領域の大規模な市場化ないしは廃止を余儀なくされる事態が迫っている。こうした中で、国立大学協会が運営費交付金を削減対象としないよう要望する声明(2010年7月7日)を発表したのは当然である。しかしながら、その理由として、“菅内閣の下で策定された「財政運営戦略」と「新成長戦略」が目指す「強い経済」と「強い財政」は、…、当然実現されるべきもの”であり、従って、その「新成長戦略」からみて運営費交付金を削減の対象とすべきでないと述べている。だが、迫り来る危機は「新成長戦略」そのものが、加速させているのである。その「新成長戦略」を賞賛しておいて、それがもたらす事態から逃れようとすることなど出来るはずがない。「新成長戦略」に全面的に対峙しつつ、「新成長戦略」遂行手段の一つである新『基本方針』の実施を阻止する広範な共同行動・共同闘争が機関を越え、府省を横断して組織されなければならないだろう。そのことが危機を打開する道であると考える。
以上