『朝日新聞』2010年7月9日付
《現場から問う:10》科学予算 優遇から転落
「日本のスパコンは2位でいいらしいですね。なら世界一は、うちがいただきます」
6月4日、スーパーコンピューターの国際学会が開かれた茨城県つくば市の国際会議場。理化学研究所で次世代スパコンを開発する平尾公彦準備室長は講演後、中国人研究者に声をかけられた。
「世界一を狙えと、政府からハッパをかけられている」と続ける中国人研究者。昨年の事業仕分けで説明に立ち、「2位じゃだめですか」と切り込まれた平尾さんは「姿勢の差は歴然」と感じた。
国際学会には日米欧、中国、韓国、台湾などから約180人が集まった。平尾さんの講演は、朝一番だったにもかかわらず立ち見が出る人気。終了後も質問する研究者に20分間取り囲まれた。
米国では来年以降、スパコンの新設計画が目白押し。中国は投じる予算が日本より1けた多いとうわさされる。
国際学会を運営した京都大学の中島浩教授は「スパコンをリードすることが、科学技術全体のリードにつながると考えるからだ」と話した。
●スパコンも節減
医薬品や半導体の開発、化学反応の解析……スパコンの利用分野は急拡大している。
東京・本郷の東京大学の理学系研究室。電池を開発する博士課程2年の安藤康伸さん(26)は「電池の中での電子の動きを原子レベルで再現している」と話した。
以前は作って特性を調べたが、スパコンで原子の配列まで考えた高効率電池の設計を目指す。次世代スパコンなら、今は1週間かかる計算を30分に短縮できる。研究室の常行真司教授は「スパコンの性能や使い勝手の差は、研究に大きく影響する」と語る。
スパコンは政府から国家基幹技術として予算を優遇されてきただけに、事業仕分けで「凍結」とされた衝撃は大きかった。結局、完成を半年早める無理な計画を見直して予算を110億円抑えた。
半年の遅れもあり、「世界一」は絶望視されている。
◆投資の戦略も不在
「予算は前年を上回らないようにと言われていて……」
宇宙航空研究開発機構の立川敬二理事長は8日、記者会見で来年度の概算要求に向けた厳しい見通しを語った。
宇宙機構は、奇跡の帰還を果たした小惑星探査機「はやぶさ」の後継機開発を要求する意向。菅直人首相も国会で前向きの答弁をした。しかし、「上乗せ禁止令」に「要求すれば、既存計画にしわ寄せがくる」と苦悩する。
27年ぶりの前年度割れ――。
科学予算の中核を占める科学技術振興費は今年度1兆3321億円で、昨年度より455億円、3.3%減った。
宇宙機構の124億円減をはじめ、理研59億円減、科学技術振興機構39億円減、海洋研究開発機構22億円減……。国の研究開発を担う独立行政法人への予算減が目立つ。
国の将来の成長につながる科学技術振興費は、財政健全化を図った小泉政権下でも例外扱いで、年1.1%増やされていた。その「聖域」にメスが入った動揺は大きい。
第3期科学技術基本計画(2006~10年度)では、大学への交付金なども含めた国の研究開発投資は、「5年間で25兆円」という目標が明文化されていた。現実は21兆円にとどまるが、政府の基本計画では異例の投資目標が下支えした。
新政権でも、川端達夫科学技術担当相(文部科学相)は1月、第4期科学技術基本計画で「5年間で25兆円」に相当する「国内総生産(GDP)比の1%以上」の明文化を目標に掲げた。経済界も実現を強く求めるが、財務省を中心に異論が強く、政権内で合意は得られない。
6月の新成長戦略では、政府投資の数値目標は入らなかった。川端担当相は「財政状況が厳しいことも事実。消費税というか、税制の議論もある」と釈明した。
4月の事業仕分け第2弾で司令塔の不在ぶりが問題視された科学技術行政。まだ、新しい司令塔の姿は見えない。
(行方史郎、東山正宜)