国立大学と科学技術予算に対するご理解をお願いします(緊急アピール) 平成21年12月15日 長崎大学長 片 峰   茂

http://www.nagasaki-u.ac.jp/guidance/message/katamine/message07.html

国立大学と科学技術予算に対するご理解をお願いします(緊急アピール)

行政刷新会議による事業仕分けは,税金の使いみちをガラス張りの中で議論するという画期的な試みでしたが,同時に大きな議論を呼びました。画期的であるからこそ,仕分けの在り方については今後厳密に検証し,改善してゆく必要があると思います。

今回の事業仕分けの中で,学術・科学技術関連予算が大変に苦戦しました。中には問題の多い事業もありましょうし,一部には重複や無駄もあることでしょう。しかしながら,事業の短期的成果や効率の観点のみからの短時間の質疑に基づき,問答無用の大ナタを振るう手法には,教育研究の現場に身を置く者として違和感と戸惑いを禁じえませんでした。学術研究は本来短期的効率論のみでは推し量れない価値を多く有すると思うからです。さらにその大ナタが,国立大学の経常的経費である運営費交付金にまで及ぶに至っては,違和感どころではありません。仕分けどおりの予算が執行されれば,もはや大学=「学術の府」の存亡の危機です。

国立大学は,国民,とくに地域の皆様のご理解,ご支援に基づき,これまで学術研究や人材育成,社会貢献など大学に本来課せられた役割を果たしてくることができました。とくに長崎大学の基盤はここ長崎にあり,長崎の医療,教育,行政,産業,そして経済の基盤を支える多くの人材を輩出してきました。来年度予算編成作業が大詰めを迎えているこの時機をとらえ,地域の皆様に大学と科学技術予算に対する更なるご理解をお願いすべく,長崎大学長として緊急アピールを発信させていただくことといたしました。

国立大学の置かれている財政環境

2004年の国立大学法人化により,国立大学は独立した経営体として自立することになりました。予算的には,学生の教育・研究のほか大学教職員の給与や施設管理経費など,大学運営の基盤を支える経費のみが運営費交付金として国から措置され,それ以外は授業料収入,病院診療収入や,後に述べる競争的資金など,大学の実力や経営努力に依存する自己収入で購われる仕組みに変わったのです。

その運営費交付金が国の行財政改革方針の下,過去5年間削減され続けてきました。平成21年度に本学に配分された運営費交付金は約162億円であり,国立大学が法人化された平成16年度の約173億円と比較して約11億円減少しました。この減少分は,教職員の努力や人員削減等による支出削減と自己収入増加で補填されてきました。とくに,大学病院の診療収入はこの5年間で15%ほど増えています。これは病院医師,職員の献身的努力によるものです。おかげで,大学病院勤務の医師は日々の診療に追われ,本来期待される新しい治療法の開発など,研究に割くことのできる時間的余裕がほとんど無くなりつつあります。それが若手医師の大学病院に対する魅力低下を招き,ひいては彼らの大学病院離れにつながりつつあるのです。このままでは,”地域医療の最後の砦”としての大学病院の機能自体が揺らぐ事態になりかねません。皆様には,長崎大学が厳しい財政状況にあることをご理解いただきたいのです。

国立大学は法人化以降,教育研究の個性化と高度化に邁進しています

国立大学法人化以降,長崎大学も教育・研究の個性化の方向に大きく舵をきりました。長崎大学における個性化の象徴が世界に誇る二つの教育研究領域,「放射線医療科学」と「熱帯病・新興感染症」です。いずれも大学の歴史を体現するものであり,長年にわたる先輩たちの努力と蓄積の上に成ったものです。放射線医療科学研究は世界唯一の被曝大学の責務として永井隆博士以来営々と蓄積されてきたヒバクシャ医療研究が,チェルノブイリ原発事故を契機として地球規模に拡大・発展したものです。感染症研究も,県内の島嶼部を中心に風土病とよばれる感染症が多く存在した戦前に始まり,その後は途上国の流行現地に固執し続けた熱帯医学研究所の研究者集団の長年にわたる蓄積に基づいているのです。環境破壊や感染症まん延への対策,エネルギー問題が21世紀最重要の地球規模課題となったことは国連のミレニアム宣言を引くまでもありません。本学のこの二つの教育研究拠点は,今後ますます世界における存在感を増していくはずです。

現在の財政状況は別として,国立大学を法人化した目的や方向性自体は正しいものであったと思います。法人化が目指した大学運営への自由度の付与は,国立大学による個性の創出・発展をもたらし,それをもって切磋琢磨し,競争することが可能になったのです。この自由な競争環境の整備は,国立大学に教育研究のさらなる発展の基盤を提供したものと大いに評価しています。

国立大学運営費交付金の仕分けの中で,国立大学の法人化自体の見直しも議論されたようですが,見直しには反対です。資源もない狭い国土の日本が世界に貢献するには,研究力や技術力,そしてそれを担う人材をもってするしか術はありません。新政権はそれを「科学技術立国」という言葉でマニフェストに謳いました。教育研究の高度化と個性化は,グローバル化する21世紀に日本の大学が存在感をもって世界に貢献するために必須なのです。そのためには国立大学の法人化の大義は今後とも堅持すべきなのです。事業仕分けの効率論で,国立大学の個性化,高度化を目指す法人化自体を議論することは間違いだと強く主張します。

長崎大学の海外研究拠点が閉鎖の危機に陥ります

個性化に向けての大きな糧となってきたのが,今回,廃止あるいは縮減と仕分けされた一連の競争的資金です。例えば,「感染症ネットワーク推進プログラム」,「グローバルCOEプログラム」,「特別教育研究経費」などの予算により,長崎大学はベトナムとケニアに感染症研究拠点を,ベラルーシに放射線医療科学研究拠点を設置し,海外現地での共同研究を推進しています。大学の教職員が海外に常駐し,途上国現地に根付いて研究することのできる拠点の設置は,本学の研究者の永年の悲願でした。それが競争的資金により実現したのです。長期継続的な調査研究によってのみ明らかにされる新しい発見は,当該国のみにとどまらず世界の感染症や放射線障害の克服に大きく貢献することになります。まさに,本学の海外拠点は日本の国際貢献や国際協力の最先端に位置しているのです。

もし仕分けに沿った予算編成が行なわれれば,これらの海外拠点は閉鎖の危機に直面することになります。現地には総勢十数名の志の高い研究者が派遣され,常駐していますが,彼らを雇用不安に陥れることにもなりかねません。財政的に危機的な局面に直面するならば大学としては拠点維持経費を独自に捻出する覚悟ですが,肝腎の大学の基盤的経費も見直しの対象となっている状況では心許ないと言わざるを得ません。研究者たちの志に冷水を浴びせ,長年をかけて積み上げてきた海外現地との信頼関係を台無しにすることが最大の懸念です。そして個性化に向けた大学の将来構想自体に大きな変更を迫られることにもなりかねないのです。

大志ある若手研究者の飛躍の芽を摘まないでください

大学の最大の役割は,学生や若手研究者などの若者の夢を育み,彼らがその夢を実現するために,様々な出会いや機会を提供するところにあると思います。長崎大学でも多くの若者が志を立て,そして世界に羽ばたいてほしいものです。

先般,大変うれしいことがありました。本学の若干35歳の研究者が,スーパーコンピュータ研究領域のノーベル賞といわれるゴードン・ベル賞を受賞しました。きわめて安価なハードウエアを用いて,世界最高の計算速度を実現したことが評価されたのです。近い将来,日本のスパコン世界一を担うことのできる新規技術の開発は,大きな社会的反響を呼んでいます。実は,この研究者の雇用や研究をこれまで支えてきたのが,今回仕分けで予算縮減と判定された「若手研究者育成のための競争的資金」なのです。

志のある有為の若手研究者の数に比して,残念ながら現在の日本の大学には彼らを正規に雇用するための十分な経費はありません。正規の採用枠を確保するまでの間,彼らの研究や生活を支える経費がどうしても必要なのです。長崎大学だけでも数十名,全国では数千名もの若手研究者が,不安定な身分で研究に邁進しているのが現状です。この貴重な資金が縮減されようとしています。日本の科学技術の将来は彼らにかかっているにもかかわらずです。何とか日本の若手研究者たちの志の芽を摘まないでほしいと思います。

以上,代表的なものに限って記してきましたが,それ以外にも大学の教育研究や地域との連携に関わる多くの予算に廃止もしくは縮減の判定が下されています。長崎大学関連の競争的資金に限っても,その対象額は30億円近くにのぼります。大学にとって必要なものばかりです。研究の世界に身を置く一研究者としても,また研究者の育成や研究を推進する責を追う国立大学の長としても,このような事態に対して声を発する責務があるものと考えています。大学,あるいは地域の教育に対する影響や,日本の科学技術の進歩が脅かされる可能性を皆様にご理解いただければ幸いです。最後に,地域の皆様に今後も変わらぬ長崎大学へのご理解とご支援をお願いして,長崎大学長としての緊急アピールとさせていただきます。

平成21年12月15日
長崎大学長
片 峰   茂

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