地域を支える人材育成と研究開発(共同声明) -最先端技術を支える国立大学の基礎研究力を次世代へ- 平成21年11月27日 富山大学長 西頭 德三     名古屋大学総長 濵口 道成 金沢大学長 中村 信一     愛知教育大学長 松田 正久 福井大学長 福田 優      名古屋工業大学長 松井 信行 岐阜大学長 森 秀樹      豊橋技術科学大学長 榊 佳之 静岡大学長 興 直孝      三重大学長 内田 淳正 浜松医科大学長 寺尾 俊彦  北陸先端科学技術大学院大学長 片山 卓也

平成21年11月27日

地域を支える人材育成と研究開発(共同声明)
-最先端技術を支える国立大学の基礎研究力を次世代へ-

富山大学長 西頭 德三     名古屋大学総長 濵口 道成
金沢大学長 中村 信一     愛知教育大学長 松田 正久
福井大学長 福田 優      名古屋工業大学長 松井 信行
岐阜大学長 森 秀樹      豊橋技術科学大学長 榊 佳之
静岡大学長 興 直孝      三重大学長 内田 淳正
浜松医科大学長 寺尾 俊彦  北陸先端科学技術大学院大学長 片山 卓也

現在、平成22年度の概算要求総額95兆円を削減するために、行政刷新会議による「事業仕分け」作業が行われました。そこでは、可能な限り無駄な支出を排除するために、様々な角度から予算案の見直しが検討されています。こうした作業などは、国の予算配分にあたって、国民に対して透明性を高めるという観点から意義のあるプロセスであると考えられます。しかしながら、資源の乏しい我が国が、国家の将来を託すために行っている政策的投資、例えば、人材育成、学術の推進、研究開発、国際化などが、当面する予算削減の視点と即効性の観点から議論されることに、われわれ東海・北陸地域において教育・学術研究を担う大学人として大きな危惧の念を抱いております。

【人材育成】 国立大学は、教育の機会均等を担う公共的性格の下で、優れた教育を提供し、人材の育成に寄与しています。地域になくてはならない優れた資質を有する医師や教員の養成もその大事な役割です。特に、この東海・北陸地域は、自動車産業を初めとして材料、エレクトロニクスなどの最先端技術開発を必要とする様々な基幹産業のみならず、農業、水産、製薬などの地場産業に及ぶ幅広い分野で日本の発展を支えています。そこで中心となって働いている人々の多くは、地域の要請に応え、我々が育ててきた人材であると自負しており、地域に根ざした大学の存在を無視して語ることは出来ません。

【基礎研究の重要性】 昨年は、名古屋大学関係者がノーベル賞を同時に受賞するというビッグニュースが日本中を駆け巡りましたが、こうした研究の成果も、一朝一夕に可能になるものではなく、十数年から、時には数十年にわたる地道な研究活動があって初めて達成された快挙です。また近年、省エネルギー・CO2排出量の削減は、国家的な重要課題となっていますが、例えば、LEDによる照明は、まさに省エネルギー・CO2排出量の削減に大きな役割を果たしています。これは、本年京都賞を受賞された赤﨑勇博士(名古屋大学特別教授)の二十数年にわたる息の長い研究の成果が「青色発光ダイオード」の発見に繋がり、その後、幾多の研究者の努力によって初めて実現したものであります。(各大学の一例は別紙のとおり)

【大学の地域貢献】 各大学は、地元産業界との共同研究などにより優秀な人材の育成や再教育を行うとともに、研究成果の還元により様々な機能を支え地域の発展・活性化に貢献しています。例えば、福井大学では福井県内を中心に企業215社と連携、産学官連携プロジェクト・共同研究プロジェクトを推進し地域産業の活性化に資するとともに、福井県の教員数の4割、医師数の3割、エンジニア・科学研究者の3割を大学の卒業生が占めています。(各大学の一例は別紙のとおり)

【憂慮すべき事態】 ここで挙げた例は、大学が日本を支える産業、技術革新、学術研究で果たしてきた役割のほんの一部でしかありません。そして、それは日々の継続的、かつ地道な努力によって積み上げられてきたものばかりなのです。万に一つでも、目前の予算的都合からその価値を忘れ、ないがしろにするようなことが始まるとすれば、それは、今後数十年の長期にわたって、日本経済や産業、特に先端技術開発に大きなダメージを与え続ける事が危惧されます。

法人化以降、毎年運営費交付金が1%減額され、今年度の運営費交付金は、法人化初年度と比較して720億円が削減となっています。各大学では、様々な経費節減努力を行ってきましたが、限界に達しています。この状況が続くと地域の教育・研究・医療の拠点としての機能が弱体化し、地域の発展を阻害しかねない状況となります。

日本の高等教育への公財政支出(対GDP比)は、OECD加盟国中最下位であり、高等教育費の伸び率は、OECD加盟国中、日本が唯一のマイナス(△2.6%)とのことであります。一方で、欧米や中国などを中心に各国は、現在の経済危機を乗り越え、さらに国家の持続的発展のための戦略に基づいて大学予算を含む教育研究・学術関連予算の大幅な引き上げを行っています。資源の乏しい日本が生き残るには、技術発展を生み出す「人」への投資が不可欠です。このような中、知識創造の源である高等教育機関への投資をひとり日本のみが減らし続ければ、世界の中で日本は着実に落伍していきます。

【まとめ】 こうした状況に危機感を抱いた東海・北陸地域の国立大学の学長が、本日、一堂に会し、共同声明を発表することになりました。政策決定過程の透明性を高める試みの意義は否定しませんし、また、私たちは各種業務の効率化や経費節減などの改革努力を今後も惜しまず実行してまいります。

政府におかれましては、われわれの声や幅広い国民の声に耳を傾けていただき、大学界との密接な対話などにより我が国の持続的発展と国際社会における役割を再度確認され、日本が進むべき方向とその将来像を明確にした上で、教育研究・学術予算を吟味されることを強くお願いするものであります。


別紙
各大学における基礎研究の一例

(富山大学)
恐怖に関する記憶が脳の海馬から早期に消去される仕組みを解明し、心的外傷後 のストレス障害(PTSD)の治療法開発への応用に道を開いた。また、加齢による記憶力低下を防ぐ可能性も示した。

(金沢大学)
安藤敏夫博士の十数年にわたる原子力間顕微鏡の研究開発は、水溶液中で動くタンパク質分子やDNAを動画として捉えることを世界で初めて可能とした。

(福井大学)
医学部の老木成稔博士の研究グループは,細胞表面に存在するイオンの通り道(チャネル)の1分子ごとのビデオ記録に世界で初めて成功,チャネル異常が原因とされる不整脈,糖尿病などの病気の新薬開発に向け,画期的な第一歩を踏み出した。

また,工学部の杉本英彦博士と企業との産学グループは,長年の共同研究の結果,省エネ・地球温暖化防止に効果がある液体窒素冷却超電導モータの開発に世界で初めて成功した。

さらに,遠赤外領域開発研究センターでは,人類未到の最後の電磁波領域といわれている遠赤外領域において,高出力連続発振にて世界記録を更新し続け,新たな基礎研究の地平を切り拓いている。

(岐阜大学)
細胞の構成成分の一つでその特徴を決定づけることから、研究者の間では「細胞の顔分子」と呼ばれる糖鎖が、ウイルスや細菌毒素の受容体機能を持ち、がんやアレルギー、炎症、感染などの発症メカニズムにきわめて重要な役割を果たす分子として、世界で盛んに研究が進められている。木曽真教授は糖鎖、中でもガングリオシドの人工合成に世界で初めて成功するなど、糖鎖研究の先駆者として注目を集めている。

(静岡大学)
1926年に高柳健次郎先生が全電子式テレビジョンによる撮像を成功させて以来、地道な研究を通して電子を利用した画像化を通して観察する基礎研究を推進してきた。その結果、これまで観察できない波長域など不可視情報を可視化することに成功するなど、従来にない画像科学技術を蓄積している。これらの研究は、(1)人間の眼を超えた極限的微小時間分解能・空間分解能での事象・物質の画像化、(2)未開拓の波長域による原子・分子の識別透過画像化などにより、生命科学、医療、環境、材料など幅広い学術研究の発展および安全・安心な社会の構築に資することが期待される。

(浜松医科大学)
形態情報と質量分析情報を組み合わせた新しい分析手段を提供する「顕微質量分析装置」は、ノーベル賞を受賞した島津製作所の田中耕一氏の長年の研究理論を基に開発しているものであり、医学においては新規バイオマーカーの発見と診断治療の向上、薬学においては毒性試験、薬物動態のモニタリング性能の向上による創薬の開発スピードの向上、農学においては品質改良や食品安全検査の発展、工学におけるディスプレイ用材料等の品質向上とコストダウンが期待されている。

(愛知教育大学)
特に理系を中心に、三浦浩治教授を中心とするグループのナノテクノロジーの分野での超低摩擦を実現するカーボン系超潤滑薄膜の研究は、その応用を含めて注目されている。また、菅沼教生教授のグループは、根粒菌の窒素固定に関する遺伝子の発見など、論文が雑誌「nature」に掲載されるなど食糧生産にも期待が持てる世界的に貢献できる可能性のある研究がすすめられている。

なお、教育系の特徴を生かした気象分野での貢献や文系分野でも民俗学や地理学の分野で特筆すべき成果が上がっている。

(名古屋工業大学)
セラミックス科学は身近な日用品から、今や自動車や巨大な電力輸送の部品として使用され、名工大は、我が国の大学の中で基礎研究においてトップクラス(トムソン・ロイターによる)にありますが、その成果はさまざまな企業に還元されています。

(豊橋技術科学大学)
著しい発展を遂げる情報化社会では今後、超大量の情報を扱う技術の開発が求められている。井上光輝教授は10余年にわたる研究の結果、ブルーレイの100-1000倍の容量を持つフォトニクスメモリー素子の開発に成功し、基本素子としての国際標準規格も獲得した。この素子を用いて裸眼でも立体画像が見えるディスプレイの作製に成功している。

また、自動車産業、家電産業などで活用されるセンサ技術において、LSIの設計・製造・評価を一貫してできる「LSI工場」を開学時より整備し、センサ技術とLSIが融合した独特の豊橋プローブと呼ばれる脳神経センサなど生命科学・医療,農業科学、環境科学とも融合した独創的なスマートセンサの研究開発に成功している。

(三重大学)
高齢化社会で増加している脳梗塞等の脳血管障害の克服は、緊急の医学的かつ社会的に必要な重要課題であり、本学においては「炎症性血管病変による神経機能障害のメカニズムの解明」の研究に取り組んでいる。

本研究では、脳血管障害の発症要因と考えられる炎症性血管病変による神経機能障害のメカニズムを解明するため、(1) 炎症性血管病変の分子機構、(2) 神経機能障害の分子機構、(3)障害神経機能の修復再生機構の解明と治療法の開発を目的として研究を行った。

具体的には、まず(1)炎症性血管病変の分子機構を解明するため、ヒト血管内皮細胞及びマウス血管を用いて、感染等炎症性障害による血管内皮細胞上の血栓形成機構を解析した。次に、(2)血管障害に伴う神経障害を解明するため、血栓溶解剤投与時の脳内セロトニンが脳神経機能に及ぼす影響の解析を行った。

この成果を経て、脳梗塞患者等を対象とした臨床研究により、遺伝子診断法や未破裂脳動脈瘤の血行力評価法を開発するとともに、致死的で重篤な血栓症である播種性血管内凝固症候群(DIC)に対する治薬を開発した。

今回の研究成果は、世界初のものであり、「ベルツ賞」などの受賞に繋がった。

(北陸先端科学技術大学院大学)
インターネットは我々の生活の奥深くまで浸透し、その安全安心性に対する社会的要求は非常に強い。篠田陽一博士のグループは、インターネットシミュレータによる安心安全性検証を行う方法を提案し、長年にわたる研究により世界最大規模のシミュレータシステムの構築によりその方法の確立に成功している。


別紙
各大学における地域貢献の一例

(富山大学)
知的クラスター創成事業(第Ⅰ期)「とやま医薬バイオクラスター」に引き続き、平成20年度から知的クラスター創成事業(第Ⅱ期)として、国際的競争力のあるラ イフサイエンス研究拠点を構築し、地域の機械産業、医薬品産業等に波及させるとと もに、国際的な医療機器、医薬品産業を形成し、さらに観光産業・食品産業等との融合により、裾野の広い健康関連産業の創出を目指す「ほくりく健康創造クラスター」事業に参画している。

(金沢大学)
能登半島に「能登半島里山里海自然学校」及び「能登学舎」を設置し、地域におけるリーダーを育成してきた。これらの人材は、地域行政や産業に新しい息吹を吹き込みつつある。

(福井大学)
福井県内唯一の医学部として県内を中心に153の医療機関に医師派遣を行うとともに、北米型(ER型)救急により、365日24時間全ての救急患者を受入れ、地域医療の充実・発展に貢献している。

(岐阜大学)
「知的クラスター創成事業」の一つである「岐阜・大垣地域ロボティック先端医療」の成果で地元企業の新製品開発に貢献してきた。

(静岡大学)
浜松・東三河地域では、輸送機器に重点が置かれた産業構造に危機感があり、新産業創出のため、大学が、県、市、産業界と協力し、オプトロニクスクラスター創成事業を推進しております。第二期では、豊橋技術科学大学が加わり、浜松地域から東三河地域まで広がりをみせております。地域における知的クラスター事業への期待は、まさに、知の泉であり、地域産学連携拠点事業の屋台骨(コア技術の創出)として期待されております。ちなみに、第一期は、事業に約30億円投入され、約3億円/年の売り上げがあった。科学技術の成果には時差があるのが常で、さらなる売り上げ増加が予想されている。また、この事業へ参加している企業は、当初、40社であったが、現在は205社に増大しており、現在、事業化、製品化に33件が取り組んでいる。

(浜松医科大学)
卒業生の多くが県内の各地に根を下ろし活躍しているが、県内には大規模の自治体病院が多く、まだ供給が追いつかず医師不足の状態にあることから、入学定員を120名に増員するとともに、より一層の地域医療機関との連携強化、学部教育における地域医療への関心を高めるためのカリキュラムを設けるなど、引き続き「高潔な倫理観と高度の知識・技術を持つ良医」を育て地域医療に貢献することにしている。

(愛知教育大学)
今春の卒業生の中で、教員就職数は500名を越え、運営費交付金(特別教育研究経費)により、理科好きな教員の養成を行うための訪問科学実験、外国人児童生徒のための教材提供や日本語教育などに取り組み、摩擦科学の研究やマメ科植物の研究など国際的な研究業績を挙げてきている。

(名古屋工業大学)
名古屋大学や豊橋技術科学大学と共同で運営費交付金(教育研究特別経費)で社会工学による防災・減災技術の開発を推進し、更にコンピュータを活用した復旧に向けてのシミュレーション研究に取り組んでいる。

(豊橋技術科学大学)
本学の独創的スマートセンサ開発の基礎技術を習得できる他に例のない集積回路技術講習会を地元企業等の技術者10数名に対し毎年実施し、地域の技術者育成に貢献している。また静岡大学、浜松医科大学とともに「浜松・東三河知的クラスター」を形成し、多数の地元企業との共同開発研究をおこなっている。さらに時習館高校など地元の高校と協定を結び、多数の高校生の体験実習訓練を毎年行っている。

(三重大学)
中小企業の新規事業の開拓を牽引できるような「地域社会の現状に関する理解と、大学における研究開発能力活用についてのマネジメント能力がある人材」を養成するために、地域イノベーション学研究科を設置して地元企業関係者の人材の育成に努めている。

(北陸先端科学技術大学院大学)
地域・イノベーション研究センターを中心として、「石川伝統工芸イノベータ養成ユニット」や「加賀市バイオマスタウン構想」など、地域と連携して、地域課題の解決に向けた企画立案や技術開発の提案を行っている。

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