首都圏ネット事務局では,学校教育法改正に基づく教員組織変更に関して以下
の声明を発表いたしました。


労働条件、労働契約等の観点から見た2005年学校教育法改正に基づく教員組織
変更の問題点

       2006年9月8日 国立大学法人法反対首都圏ネットワーク事務局

1.はじめに

 2005年の学校教育法改正に伴い、従来の助手が2007年4月より、「助教」と
「(新)助手」へと分割の上職種変更される。この法改正による教員組織変更
について、本事務局は法案審議の段階からその問題点を指摘してきた(注1、
2、3)。現在、各大学においてこの法改正に基づく学則等の改定作業が進め
られている。しかも、多くの大学で最終判断を部局任せにしている傾向が見受
けられる。しかしながら、今回の措置が教員組織の再編という制度設計にかか
わっており、さらに、以下に述べるように助手から「新助手」への移行や、助
教への任期制の付与などには労働条件、労働契約等の変更に関わる重要な問題
が含まれている。したがって大学側による一方的な職種変更は認めることはで
きず、労働組合との団体交渉によって労働条件、労働契約上の問題をしっかり
と議論し、労使の合意のもとに進めていかねばならない。

2.新助手は改正学校教育法上、教員ではない:助手から教員でない新助手へ
の移行は明白な身分変更である

 改正学校教育法は第58条で「学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に
従事する」職種を教授、准教授、助教とし、講師の職務を「教授又は助教授に
準ずる職務に従事する」と規定する一方、新助手の職務を「その所属する組織
における教育研究の円滑な実施に必要な業務に従事する」と規定する。その結
果、従来は「教授を助ける助教授」「教授及び助教授を助ける助手」と位置づ
けられていた、教授を含む教員が、教育研究に従事する教員としての教授、准
教授、助教、講師と、教育研究を円滑に実施するに必要な業務に従事する新助
手とに分離される。

 加えて、学校教育法改正に対応して改定された大学設置基準においては、
「教員」の定義が示されていないが、「第四章 教員の資格」において第17条
(助手の資格)を規定する一方で、第13条(専任教員数)では「大学における
専任教員の数は、別表第一により当該大学に置く学部の種類及び規模に応じ定
める教授、准教授、講師又は助教の数と別表第二により大学全体の収容定員に
応じ定める教授、准教授、講師又は助教の数を合計した数以上とする。」と、
新助手を専任教員としては計上しないことを規定しており、助教を含む教員と
新助手との分離が専任教員数によって表現されている。さらに、「大学の教員
組織の見直しに関するQ and A」(平成18年5月26日 文部科学省高等教育局大
学振興課)においては、新助手を教員と見なす文言は一切無い。同文書はむし
ろ、「助手」について「教育研究の補助を主たる職務として明確化した」と明
言している(問8)。教員として規定される助教に関する記述と大きく異なって
いる。

 このように新助手は教員の範疇には入らず、補助職と規定されるのが相応し
い職種となる。新助手は自ら教育研究を行う職種ではないことから、自ら教育
研究を行うための基礎的経費をはじめ、競争的研究資金への申請権などの教員
としての諸権利が事実上認められなくなる可能性も高くなるであろう。

 したがって、現行助手の新助手への移行は教員から教員でない補助職への身
分変更を意味しており、職場環境や業務の実態も大きく変わることが予想され
る。このような変更が教員としての採用を内容とする労働契約の変更である以
上、部局等が一方的に実施するならば、それは労働契約の一方的破棄をも意味
する。従って、助教の資格(改正大学設置基準第16条の2)を根拠とする身分変
更の決定は許されない。

3.新助手制度を導入するべきではない

 自立した教育研究支援組織を構築すること、そしてそれを担う職群を確立し、
その待遇を抜本的に改善することが緊急の課題であると叫ばれてから既に久し
い。こうした認識の下、教育研究支援業務に携わる技術系職員、図書系職員等
の努力によって、それぞれ固有の職群を確立し自立した組織を構築する努力が
営々として続けられている。新助手という教員組織に従属した補助職の設置は、
自立した教育研究支援組織を構築するという流れに逆行する。そればかりか、
こうした補助職の御都合主義的利用は、そのような支援組織構築を確実に阻害
するであろう。こうした事態となることを憂慮してか、確かに少なくない大学
で新助手の職務が事務職員や技術職員と類似の業務となることを予想し、「こ
れらは本来事務職員或いは技術職員として雇用するべきもの」として「新規採
用者からはそのように整理する」ことを示唆している(注4)。そうであるなら
ば、この際、新助手という職種を用いないという明確な方針を打ち出すべきで
ある。このような教員従属下の補助組織の新設が、今なお完全解決のできない
教務職員制度と同じ過ちを繰り返すことは明白である。

 人事制度としての構造的欠陥も、我々が既に明らかにしてきたところである
(注1、2)。改正大学設置基準に具体的に記された、教員の教授、准教授、
助教という昇格の想定と対比すれば新助手の昇級・昇格システムの欠如は歴然
としている。実は、このことは、学校教育改正案の国会審議の中でも大いに問
題となった。国会審議の最終盤の2005年7月7日に参議院文教科学委員会が全会
一致で議決した「学校教育法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」には、
新助手問題は特に一項が設けられ、「政府及び関係者は、本法の施行に当たり、
次の事項について特段の配慮をすべきである。(略)三、大学教員等の資格等
については、大学における教育研究の活性化、優れた人材の養成、諸外国の動
向等も踏まえ、その在り方について今後とも検討を行うとともに、特に、助手
については、キャリア・パスについて積極的な検討を進めること。(略)」と
された。ところが法改正後は結局、文科省は新助手の昇級・昇格システムの設
計に行政的支援を与えず、そのための施策を個別大学に丸投げしてきた。既出
の「大学の教員組織の見直しに関するQ and A」においても、法改正後一年近く
を経過して尚、文科省は新助手の昇級・昇格システムの設計を「大学や分野の
実情に応じて、各大学において判断されるものである」(問9)と、文部科学省
の石川明高等教育局長(当時)の答弁(2005年6月10日、衆議院文部科学委員会)
を引き写すのみである。こうして国会附帯決議を顧慮することなく国立大学に
提示されたのが、今回の欠陥人事制度としての新助手制度である。

 そもそも、今回の改正により大学が置かなければならないのは教授のみであ
り、新助手を置かなければならない根拠はなくなったのである。補助職として
の新助手を置くことによって、教育研究支援組織確立を阻害し、昇級・昇格シ
ステムなしの欠陥人事制度を導入するという愚挙を行ってはならない。

4.助教の職務に相応な給与表の作成=抜本的な待遇改善を

 既述のように改正学校教育法は、「学生を教授し、その研究を指導し、又は
研究に従事する」職務を教授、准教授、助教に等しく課している。加えて改正
大学設置基準は第10条で、「大学は、教育上主要と認める授業科目(以下「主
要授業科目」という。)については原則として専任の教授又は准教授に、主要
授業科目以外の授業科目についてはなるべく専任の教授、准教授、講師又は助
教に担当させるものとする。」としている。「主要授業科目」の認定は大学管
理運営事項に属するが、講師と同等の授業担当が助教に対して課し、現行助手
が実験、実習等を担当していた職務に加えて助教は講義の担当が加わる職務内
容の変更に対応した、助教の給与表上の位置付けも変更されねばならない。

 給与の比較を例えば東京大学の現行の給与表において教員各職種の最高号俸
で行うならば、教授557800円、助教授474500円、講師442800円、助手386600円
と、助手の給与は教授の7割、助教授の8割などとなっている。従来の助手が大
学の教育研究活動の中で担当してきた、自らの研究活動や、実質的な学生・院
生の論文や実験・実習等の指導といった職務に加え、新たに助教に加わる講義
等やその「自ら教育研究を行う」職務に応じた改善の必要がある。

 法改正に伴う職務内容の付加と昇給とが対応しない、という労働条件の存否
は、大学経営側と労働組合との交渉が対象とすべき事項である。多くの大学で
は、従来の助手の待遇から抜本的な変化はないとされているが、助教の処遇の
軽視は、次に述べる任期の問題とあいまって助教という職種への魅力を減退さ
せ、ひいては学校教育法改正の建前とされた若手教員・研究者の養成にとって
大きなマイナスとなるであろう。

5.新たな任期制導入と任期付与は認められない

 学校教育法改正に伴って改正された「大学の教員等の任期に関する法律」
(2007年4月1日施行)では、任期を定めることが出来る条件を示す第4条第1項
第2号が現行の「助手の職で自ら研究目標を定めて研究を行うことをその職務の
主たる内容とするものに就けるとき。」から「助教の職に就けるとき。」に変
更された。これは、従来の助手への限定的適用を取り払うだけでなく、「教授
←准教授←助教」という昇格システムの中で助教のみを、その職種を根拠に任
期付与の対象とするものである。このような法体系は、若手研究者による構成
が想定される助教を過度な競争と不安定な教育研究環境に置く破壊的制度であ
る。

 若手研究者の豊かな成長を阻害する任期制の導入は、本来認められるべきも
のではない。任期制の導入は、若手研究者の、教育研究活動を通じた大学全体
への自主的な寄与をもまた阻害するものとなり、大学自身にとっても不利益を
もたらすことになりかねない。更に、助教職自体が博士課程、PDから引き続く
キャリア・パスの一部を構成する事実を考慮すれば、助教への任期制導入は若
手研究者にとって、身分の不安定な生活の長期化による疲弊と、大学における
教育研究職全体に対する忌避傾向を助長する。

 任期制導入の判断は部局等に委ねられているが、任期付雇用の導入は新たな
内容の労働契約の導入を意味し、労働組合との団体交渉、協議の対象となる。
現行助手の助教への移行のみを根拠にした任期の付与は、一方的な労働契約の
不利益変更であり、強制することは許されない。

以上

補 助教の基礎的教育研究費の充実を

 4.で示した見地に立てば、助教の基礎的教育研究費の充実も不可欠である
ことを付言する。例えば東京大学のある実験系部局において、現行の基礎的教
育研究費配分の比率は、教授、助教授、助手に対して1:1:0.4である。教育研究
経費面から見て助手のみを「半人前以下」として扱うような差別的予算配分措
置は、旧来の教員積算単価制に基づく予算配分慣行ならびに現行学校教育法に
おける助手の職務規定「助手は、教授及び助教授の職務を助ける。」(第58条
8)に依拠するものと見なさざるを得ない。助教への移行においても、このよ
うな形態の予算配分措置を大学管理運営担当者がなお惰性的に漫然と引きずる
ことは、決して許されない(助教の独立性に対する脅威の告発とこれへの批判
は、注1、3を参照)。

(注1)行政権の強制による企業経営的階層性の押し付けと身分制的助手制度
の温存・強化 ―学校教育法一部改正案に反対する―, 2005年4月20日 国立大
学法人法反対首都圏ネットワーク事務局
http://www.shutoken-net.jp/2005/04/050420_1jimukyoku.html
(注2)《声明》学校教育法一部改正案の衆議院文教委員会による審議開始に
当たって−改正案に含まれるいくつもの重大な問題点を直視し、それらを十分
な時間をかけて、思慮深く審議することを求める−, 2005年6月10日 国立大学
法人法反対首都圏ネットワーク事務局
http://www.shutoken-net.jp/2005/06/050610_4jimukyoku.html
(注3)《分析研究》文部科学省中央教育審議会大学分科会大学の教員組織の
在り方に関する検討委員会における「助教」の玩弄について, 2005年5月10日
国立大学法人法反対首都圏ネットワーク事務局
http://www.shutoken-net.jp/2005/05/050510_1jimukyoku.html
(注4)学校教育法改正等に伴う教員組織の見直しについて(たたき台案)、
東京大学 学校教育法改正等に伴う教員組織の見直しWG、2006年6月19日