トップへ戻る  以前の記事は、こちらの更新記事履歴
新首都圏ネットワーク

《分析研究》

文部科学省中央教育審議会大学分科会大学の教員組織の在り方に関する検討委員会に
おける「助教」の玩弄について

         2005年5月10日 国立大学法人法反対首都圏ネットワーク事務局

1.検討委員会における審議過程の時系列解析

(1)はじめに

 中央教育審議会大学分科会大学の教員組織の在り方に関する検討委員会(以下、
「検討委員会」)は、2003年11月13日に経済産業省別館において第1回の会合を開催
して以降計12回の会合を経て、2005年1月31日に「大学の教員組織の在り方について
<審議のまとめ>」(以下、「まとめ」、[1]、以下、引用する文書の出典URLは文章
末尾に順に番号を付して列記する。)を公表した。「まとめ」は、学校教育法上の職
名と職務内容の改定に言及し、助教授の呼称を准教授と改定するとともに、学校教育
法上「教授及び助教授の職務を助ける」存在である助手の主たる職務が教育研究か教
育研究の補助等か曖昧な職であったとして、自ら教育研究を行うことを主たる職務と
する「助教」と名づけられた新しい職を置き、教育研究の補助を主たる職務とする
「助手」と分けるものと述べている。

 この「まとめ」に基づいて、第162回国会では学校教育法の一部改正が審議される
予定となっている。しかし、「まとめ」に述べられた教員組織制度設計がもつ問題点
は、法律案の中に十分かつ陽には現れていないため、この問題点を条文上、見過ごす
節がある。なかでも、同法改正案が構想する新たな制度の下における「助手」の職が
有する制度的問題は如実であるが、それゆえ同件については本稿では触れるまでもな
い。むしろ同法改正案において、現行同法が第58条で「助手は、教授及び助教授の職
務を助ける。」とする助手の職務規定が削除されたことをもってこれを安直に歓迎す
る傾向があり、「まとめ」が構想する「助教」の職務内容を精査し、その問題点を明
らかにすることが同法改正案の審議に求められる。

 本稿では、「まとめ」が構想する、大学教員総体における「助教」の制限された地
位の問題を、検討委員会の審議経過を追尾しながら明らかにすることを目指すもので
ある。予め結論を述べるならば、検討委員会の審議内容は「まとめ」に十分かつ適切
には反映されていない一方、「助教」の制限された地位は審議に粗暴に持ち込まれた
文書が契機となって「まとめ」に記されている。この経緯は「まとめ」には陽には表
れていないため、同法改正案の審議においては、法文の審議のみならず大学(院)設
置基準の検討も行い、「助教」の地位の向上と保護を行わなければならない。

なお、機種依存文字によるいわゆる“字化け”を防ぐために、引用文においては丸文
字を避けるなど原文と異なる表現を行っているところがある。

(2)データセット及び解析手法

 本稿において引用し分析する資料は、検討委員会が公表する議事要旨及び配布資
料、上記「まとめ」、及び2004年11月22日に検討委員会が公表した「「大学の教員組
織の在り方について」(審議経過の中間的な整理)」[2]になる。

 本稿は、上記資料の中から、「まとめ」がもたらす「助教」の地位の低下が端的に
表現された以下の文章の発生とその系譜、検討委員会における関連した審議内容を追
尾していく。

************************

【データ1】「まとめ」P9

(3)助教を設けた場合における教員の役割の分担及び連携の組織的な体制の確保

 大学においては、

a)  大学や分野によって、現在の助手等が大学院学生等に対して行っている日常的
な指導等が、その育成において重要な役割を有しており、次代を担う若手の大学教員
や研究者を育成するという観点からは、この機能、役割を担う者を確保することが必
要である。

b)  教学面、特に、教育課程の編成や授業科目の分担等の教育面においては、学生
に対する体系的・効果的な教育を提供することが必要である。このためには、大学、
学部等が組織として方針等を決定し、その方針等に従って役割の分担及び連携の下で
組織的に行うことが不可欠である。

c)  更に、入学者選抜に係る職務、附属病院における診療等のように、組織とし
て、役割の分担及び連携の下、更には必要に応じて指揮・監督の下に組織的に行うこ
とが必要な職務も存在している。

 現行制度においては、これらの必要性が満たされるように、各大学が、法令上の
諸規定を踏まえつつ、自らの権限と責任において、具体的な各教員が担当する役割や
各教員間の関係、教員組織の具体的な編制等を定める仕組みとなっている。

 このような組織的な体制に関する仕組みは、助教についても基本的に同様とするこ
とが適当である。

 したがって、今回の制度改正により、助教について、自ら教育研究を行うことを主
たる職務とするとしても、大学、学部等が組織として方針等を定め、その方針等に
従って、役割の分担及び連携の下で組織的に行わなければならないこと等について支
障が生じないように、次のような措置を講じることが必要である。

ア.  大学設置基準等において、各大学は、教育研究上の目的を達成するため、教
育研究の実施に当たり、各教員の役割の分担及び連携の組織的な体制を確保し、か
つ、責任の所在が明確になるよう教員組織を編制するものとする旨の規定を設ける。
(後述「III.講座制・学科目制等の教員組織の在り方について」参照:注 原文)。

イ.  特に、大学院学生への教育については、各教員がそれぞれ役割の分担及び連
携の下で組織的に行うことが必要である。

 このため、ア.の大学設置基準等上の規定に加え、大学院設置基準に、各教員が役
割の分担及び連携の下で、組織的に大学院学生の教育を行う体制を確保するよう教員
組織を編制するものとする旨の規定を設ける。

**************

 「まとめ」からの上記引用箇所の性質を予め述べるならば、a)からc)の個別な職務
の現行助手による遂行自体が、現行学校教育法第58条に基づく現行助手の脆弱な地位
の具体的表現に他ならない。同法改正が法文上表現しようとするこれらの職務からの
「助教」の解放への危機感が上記箇所に表明されている。現行同法同様に教授らの職
務を助ける存在としての「助教」の地位を大学設置基準等に明記させかねない「まと
め」の意図が読み取られねばならない。

(3)解析結果

1)検討委員会の審議の開始

 初めに、検討委員会の検討項目と構成を確認しておく。検討委員会は「助教授、助
手等の若手研究者が独立して研究を行うこともできるようにする観点からの職の在り
方(職務内容等)についての見直し」を具体的な検討項目の一つとして設置された
(第1回検討委員会配布資料1、[3])。ただし委員会の構成はそのほとんどが正副学
長、学部長、教授である反面、助教授、助手などは構成員となっていない(第1回検
討委員会配布資料2、[4])。検討委員会は検討対象となる職階の構成員を欠いて出発
するが、第1回審議においては議論の方向付けの緩やかな自由討論の中で、医療系の
助手をめぐる問題点が、講座医局制の持つヒエラルキーや、若手研究者の独立性や研
究費の支援、旧帝国大学法学部や高専などの助手制度などとともに議論される。第1
回の議事に記載されたこれらの意見のうち、第2回検討委員会配布資料2「第一回検討
委員会における意見の概要(案)」([5])においては、医療系分野の助手をめぐる
発言は削除されて公表されるに至る。

2)審議動向

 第2回の審議では最後に論点を整理し、大要1)助手の職務の整理、2)学校教育
法・大学設置基準の改正、3)助手の名称の改定、を検討委員会の検討事項として以
後の議論の方向付けを行う。議論は以降、講座制やテニュア制の是非などと混然と
なって進行するが、第5回検討委員会配布資料6「国際級研究人材の養成・確保のため
の環境・方策(アンケート調査の結果より)―「個人を活かす」ためのシステムへの
移行―」(文部科学省科学技術政策研究所、[6])は、国際的科学省受賞者、国際的
アカデミー会員などへのアンケート調査として自らの教育環境・研究環境の履歴を回
顧させ、「若いうちから独立」「教授・助教授・講師の間の従属的関係を解消」「講
座制・助手制度の弊害を指摘」といった課題の提起が「テニュア制度」採用とともに
列記された結果が報告される。これが同回の議論で、「日本においてはとにかく若い
人達が大学院を出ても長い間暗いトンネルをくぐらなければならないし、そこで教授
の一挙手一刀足に捕らわれて、クリエイティブな活動の余地が与えられるどころか、
逆にディスカレッジされてしまう。」、「助手のポジションについては、大学ではこ
ういう法文があるが為に大学院の科目担当者になれないという無言の縛りがみたいな
ものがあったりして、それでいながら働かされたり、雑用やらされたりとか、そうい
う中でスポイルされていくようなことを何とか助けられないものだろうかということ
が1つある。」などの発言に反映されていく一方で、教員制度の法制度上の自由を大
学に付与することを求める発言も相次ぐ。

3)問題の発生時日の特定

 このような審議動向を変容させる契機となるのが、第7回(前回審議から約5ヶ月を
経た2004年8月24日)検討委員会の配布資料4「特にご審議いただきたい事項」(以
下、「事項」、[7])と配布資料2「審議の中間的な整理(案)」(以下、「整理
(案)」、[8])である。わざわざこのように必要性を付された名を有する「事項」
は、全審議を通じてこの一通のみである。その中で以下のように述べられる箇所があ
る。

***************

【データ2】「事項」

2.次代を担う若手研究者や大学教員等の育成等について

○  例えば、大学等・分野によって、現行の助手等が院生に対して行っている日常
的な支援・指導が、その育成において重要な役割を有しているが、次代を担う若手研
究者や大学教員等の育成の観点からは、この役割は誰がどのようにして担うべきか
(「新職」、(新)助手、PD等・・・)。

○  大学教員等は、次代を担う若手研究者や大学教員等の育成について責務を負っ
ており、分担及び連携の組織的な体制を確保して育成に当たるべきであるという趣旨
の定めを法令に規定すべきか。

○  また、大学等・分野によっては、上記の若手研究者や大学教員等の育成以外に
も、大学教員等が分担及び連携して組織的に行う必要がある様々な事務が存在するこ
とから、教育研究の実施に関し、教員の分担及び連携の組織的な体制を確保すべきと
いうより広い趣旨の一定の定めを法令に規定すべきか。

**************

また同回に初めて表れる「整理(案)」の中では

******************

【データ3】「整理(案)」

3  次代を担う若手研究者や大学教員等の育成等について

【 問題点】

○  例えば、大学等・分野によって、現行の助手等が院生に対して行っている日常
的な支援・指導が、その育成において重要な役割を有している。

 次代を担う若手研究者や大学教員等の育成の観点からは、この役割は誰がどのよう
にして担うべきか(「新職」、(新)助手、PD等・・・)。

○  また、大学等・分野によっては、上記の若手研究者や大学教員等の育成以外に
も、大学教員等が分担及び連携して組織的に行う必要がある様々な事務が存在するこ
とから、教員の分担及び連携の組織的な体制を確保する必要があるのではないか。

【 対応案】

 大学教員等は、次代を担う若手研究者や大学教員等の育成について責務を負ってい
るなど、独立した教育研究以外にも様々な職責を負っていることから、教員の分担及
び連携の組織的な体制を確保し、かつ、責任の所在が明確になるよう配慮すべきであ
るという趣旨の一定の定めを、法令に規定すべきか。

*******************

と述べられ、その趣旨は「事項」で述べられた論点とほぼ符合する。「事項」の文章
が、「まとめ」からの引用箇所「助教を設けた場合における教員の役割の分担及び連
携の組織的な体制の確保」と、その問題意識が同一であることは容易に読み取れる。
この論点が「事項」では「次代を担う若手研究者や大学教員等の育成等について」と
命名されている点には、その執筆意図はともかく注目してよい。ただし、ここで述べ
られる「育成」が「現行の助手等」か「院生」かのいずれを「若手研究者や大学教員
等」として対象としているのか、日本語表現として不明瞭である点は指摘せざるを得
ない。しかし重要なことには、これらに記された論点は、検討委員会における第6回
までの審議においては一貫して審議されていなかった事項に属する点である。第7回
検討委員会において、それまで審議されなかった論点が「特にご審議いただきたい事
項」と命名され、そのまま「審議の中間的な整理(案)」と命名されて配布されてい
る点は重大である。

4)問題をめぐる審議の過程

 第7回検討委員会以降、学校教育法と大学設置基準の条文改定案が提示され、議論
されていく。同回では冒頭で論点を1)従来の専門的職員と新助手との関係、2)若
手研究者ポストの急減を批判的に考慮した上での新職(後に「助教」と命名)の規
模、3)医学部の現行助手の問題打開策、と3点に整理する。

 ところで、次に引用する珍妙な発言が登場するのも第7回の審議になる。

******************

【データ4】第7回検討委員会議事要旨[9]

また、若手研究者が全て独立してしまうということがいいことなのか、ということも
考えなくてはならない。これから伸びようとする若手研究者を助手として独立させる
とその助手は伸びない。やはり色々な教授、或いは助教授と一緒にディスカッション
することが必要な時期であるし、実績がないためにテナントが余り取れないときに教
授や助教授からテナントも分けてもらって、そのあいまに大学院生の指導も少しやり
ながら、非常に成果をあげて昇進していくのに、早めに独立したり、或いは取り残さ
れて1人でいる人が伸びずに、いつまでも助手のままという状況が実は今起きてい
る。そういう観点もあるのだということを現場で色々行っているものの意見として申
し上げたい。ただ目指していることは同じで、若い人が独立に研究して、そういう環
境を作っていくということが目的なのは同じだということを理解して頂きたいが、そ
ういうことが現場ではあるということ。


医学部の場合には教員の定員の総数も確実に多い。その理由の1つとしては、附属病
院で診療を行なうための組織が必要でその面から教員が多く必要だし、助手もたくさ
ん必要になる。医学部の助手の実態は平均すると年齢層が高いし、少なくとも博士の
学位を持っているものがほとんどである。そして、専門医としての職務を行い、学生
の教育研究や研修の直接指導にあたっている。医局のヘッドを助手のトップがやって
いるが、これは非常に効率的な組織であるし、しかも交代がすごく激しい。最終的に
は教授のコントロール下にあり、そういうヒエラルキーができているが、それはグ
ループとして診療をしなくてはいけないことが多いからであって、そのことに引きず
られる形で今のような体制になっている。それが講座制の弊害と呼ばれるものを生ん
でいるが、機能上は人事の交代も含めて非常に上手くいっている。人事の回転は速
い。こういったことを考えると他の学部とはかなり異なる。したがって、医学部の助
手の職務の内容と照らし合わせると医学部の助手を全て新職にするのは適切ではない
と思う。現在の医学部の助手が全て独立して業務を行うとなると、これは医療チーム
を組む場合や総合的に指導をしなくてはいけない場合などに弊害が生じ、後悔するの
ではないか。やはり1つの組織としてのある程度固まった組織構造になるような仕組
みがどうしても必要になるのではないか。


やはり教員組織の編成にあたっては必要に応じて共同の体制をきちんととってもらい
たいということをどこかにしっかりと書き込んで、それを評価の対象にもする。その
ように色々なことで独立して教育研究ができる職をつくることによる弊害に歯止めを
かけたいという案になっている。新職ができた場合には、医学部の助手にも適用され
ると良いのではないかと思うが、一方で独立だということを盾にとられて皆がばらば
らになってしまうと、今の日本の医学部の病院は崩壊するかもしれないということは
あるかと思う。そこで、ぎりぎりバランスがとれるような案になっているのではない
か。

 今まではやはり「助ける」という法令上の規定があったから、助けることしかやっ
てはいけないという理由にされ、色々な弊害があった。しかし「助ける」という規定
をとってしまうと、全くばらばらになって、教授のいうことを何も聞かないというの
では、大学の教育研究上困ったことになるし、本人にとっても教授に置き去りにされ
たら能力が伸びずに終わるという懸念もある。どういう案をとっても100%これが良
いということはなかなかないが。

**************

 第7回検討委員会で配布された「事項」「整理(案)」に持ち込まれた論点は、こ
れらの発言を受ける形で、第8回検討委員会配布資料4「主な論点について(整理メモ
案)」([10])で次のように検討課題が変化する。

******************

【データ5】第8回検討委員会配布資料4 「主な論点について(整理メモ案)」

III.次代を担う若手研究者や大学教員等の育成や、医学部における診療等、「准教
授」「新職」の職務の独立性に関わる課題について

【検討課題】

 個々の教員自身の研究活動や、個々の授業科目における具体的な教育内容・方法
等については、個々の教員の独立性が尊重される必要があるが、
(1)授業科目の分担、入試業務、診療等の事務のように、組織として役割分担・
連絡調整の下で行うことが必要な事務が存在しており、また、
(2)大学等や分野によって、現行の助手等が院生に対して行っている日常的な支
援・指導が、その育成において重要な役割を有しており、次代を担う若手研究者や大
学教員等の育成の観点からは、誰か(「新職」、(新)助手、PD等)が、この役割を
担うことが必要。

 今回の制度改正において、准教授、「新職」について、自らの教育研究を主たる職
務として規定するに当たっては、これらの点について運用上、支障が生じないような
手当てが必要。

************

 職務の独立性に対する懸念が医学部における集団的職務となる診療等を突破口とし
て論じられ始める。第9回検討委員会配布資料2「助手制度についての検討素案」
([11])ではこれがさらに進行し、現行助手を、教育研究を主たる職務とする新職と
教育研究支援を主たる職務とする「(新)助手」とに分離する上で検討素案を複数記
す際に

******************

【データ6】第9回検討委員会配布資料2 「助手制度についての検討素案」

I.「新職」について

※1 「新職」の主たる職務を(自らの)教育研究とする場合、@現行の助手等が
院生に対して行っている日常的な支援・指導が若手教員・研究者の育成に重要な役割
を果たしていることや、A授業科目の分担、入試業務、診療等のように、組織として
役割分担・連絡調整の下で行うことが必要な事務の遂行に、支障が生じないよう法令
や答申等で何らかの手当てが必要ではないか。

(以下略)

****************

と、若手研究者・大学教員等の育成に新たに加わった組織的事務遂行について、医学
部という限定がはずれる。また、新職の独立性がもたらす「支障」に対する何らかの
手当てとして「法令や答申等」の必要性を挙げる。

 第9回検討委員会では「助手という名称を消して、違う新しい職名を作ったほうが
良いのではないかと思う。」との発言者が、自らの身を置いた部局で見続けてきた助
手の「大変気の毒な仕事」ぶりを吐露した上で「雑用部分を分けたほうが良いという
こと。それでなければ、優秀な研究者が助手をポストに選ぶというのは今は難し
い。」と発言を締めくくるが、第10回検討委員会配布資料2「審議経過の中間的な整
理(案)」([12])では

******************

【データ7】第10回検討委員会配布資料2 「審議経過の中間的な整理(案)」

(3)「新職」を設けた場合の教員の分担及び連携の組織的な体制の確保

○  大学においては、

a)  大学や分野によっては、現在の助手等が大学院生に対して行っている日常的な
支援・指導が、その育成において重要な役割を有しており、次代を担う若手の大学等
の教員や研究者を育成するという観点からは、この機能、役割を担う者を確保するこ
とが必要である。

b)  教学面、特に、教育課程の編成や授業科目の分担等の教育面においては、学生
に対する体系的・効果的な教育を提供することが必要である。このためには、大学、
学部等が組織として方針等を決定し、その方針等に従って役割を分担、連携等の下で
行うことが不可欠である。

c)  さらに、入試業務、附属病院における診療等のように、組織として、役割を分
担し、連携の下で行うことが必要な事務も存在している。

○  したがって、今回の制度改正により、「新職」について、自ら教育研究を行う
ことを主たる職務とするとしても、大学、学部等が組織として方針等を定め、その方
針等に従って、役割を分担し、連携の下で組織的に行わなければならないことについ
て支障が生じないように、次のような措置を講じることが必要である。

ア.  大学設置基準等において、各大学は、教育研究上の目的を達成するため、教
育研究の実施に当たり、各教員の分担及び連携の組織的な体制を確保し、かつ、責任
の所在が明確になるよう配慮すべき旨の規定を設ける。(後述「V.講座制・学科目
制等の教員組織の在り方について」参照)。

イ.  大学院の学生については、教授をはじめとする教員集団や、ティーチングア
シスタント(TA)、リサーチアシスタント(RA)、ポストドクター(PD)など
の教育研究に関わる者が各々の役割を果たして育てていくべきである。特に、常勤の
大学教員の職にある者には大学院生の教育を行うべき責務がある。

 このため、ア.の大学設置基準等上の規定に加え、大学院設置基準に、各教員が役
割を分担しつつ連携して、組織的に院生の教育を行う体制を確保するよう配慮すべき
旨の規定を設ける。

************

と、組織的役割・事務分担が「新職」設置の文脈の中で無限定に論じられる論旨が完
成するうえに、大学院教育に大学院生であるところのTAやRA、さらには独立した若手
研究者であるはずのところのPDまでもが責務を負わされる。同日付で公表された「審
議経過の中間的な整理」(以下、「整理」)では、

******************

【データ8】「整理」

(3)「新職」を設けた場合の教員の分担及び連携の組織的な体制の確保

○  大学においては、

a)  大学や分野によって、現在の助手等が大学院学生に対して行っている日常的な
指導等が、その育成において重要な役割を有しており、次代を担う若手の大学教員や
研究者を育成するという観点からは、この機能、役割を担う者を確保することが必要
である。

b)  教学面、特に、教育課程の編成や授業科目の分担等の教育面においては、学生
に対する体系的・効果的な教育を提供することが必要である。このためには、大学、
学部等が組織として方針等を決定し、その方針等に従って役割の分担及び連携等の下
で組織的に行うことが不可欠である。

c)  さらに、入学者選抜に係る職務、附属病院における診療等のように、組織とし
て、役割の分担及び連携の下、さらには必要に応じて指揮・監督の下に組織的に行う
ことが必要な職務も存在している。

○  したがって、今回の制度改正により、「新職」について、自ら教育研究を行う
ことを主たる職務とするとしても、大学、学部等が組織として方針等を定め、その方
針等に従って、役割を分担し、連携の下で組織的に行わなければならない職務につい
て支障が生じないように、次のような措置を講じることが必要である。

ア.大学設置基準等において、各大学は、教育研究上の目的を達成するため、教育研
究の実施に当たり、各教員の分担及び連携の組織的な体制を確保し、かつ、責任の所
在が明確になるよう配慮すべき旨の規定を設ける。(後述「V.講座制・学科目制等
の教員組織の在り方について」参照)。

イ. 特に、大学院学生への教育については、例えば、日常的な指導等は「新職」が
担当するなど、各教員がそれぞれ役割を分担し、連携の下で組織的に行うことが必要
である。

 このため、ア.の大学設置基準等上の規定に加え、大学院設置基準に、各教員が役
割を分担しつつ連携して、組織的に大学院学生の教育を行う体制を確保するよう配慮
すべき旨の規定を設ける。

******************

と改変される。PD等の大学院教育への動員が削除される一方で、常勤大学教員一般の
大学院教育上の責務を述べた字句が削除される代わりに「新職」による職務事例が加
筆されるに至る。

 5)「整理」公表以降の審議動向

 第10回以降第12回までの検討委員会については、出席者及び議事が依然公表されて
いない。「大学の教員組織の在り方に関する検討委員会の公開について(案)」(第
1回検討委員会配布資料3、[13])第6項「(議事要旨の公表) 6 .座長は、会議の
議事要旨を作成し、これを公表しなければならない。」に反し、既に半年が過ぎよう
としている。第11回検討委員会配布資料4「「新職」等若手教員への支援として考え
られる対応策(例)」(以下、「対応策」、[14])では、・研究教育拠点の形成を通
じた「新職」等若手教員の活躍の場の確保、・「新職」等の若手教員の競争的資金
(研究費)の確保、・「新職」等の若手教員がスタート・アップのために必要な環境
(設備費、研究費等)の整備、・「新職」等の若手教員の研究スペースの確保、の四
点が列記されるが、現行助手が分担する事務の問題には言及されない。第2回審議で
方向付けされた論点の一つ、「1)助手の職務の整理」は字句上も完全に消える。

 なお、第12回検討委員会では「新職」の職名として、第11回検討委員会配布資料
3-1「「新職」の職名の候補例」([15])に例示された「助教」が採用される。第12
回検討委員会配布資料3「各委員からの職名についての意見の概要」([16])と同参
考資料1-3「「新職」及び「(新)助手」の名称について寄せられた主な意見(平成
16年12月22日現在)」([17])とのいずれにおいても、「助教」なる新名称へ
の賛同意見が一つも見出せないにもかかわらず、である。なお、この耳慣れない名称
を「広辞苑(第五版)」に求めると、次のように記されている。

『助教』:正規の教師の職務を助ける教員。江戸時代、一部の藩校に置かれ、明治以
降は無資格教員である授業生・代用教員の俗称。

 現行助手のうち「新職」とされた職階の名称は、現行学校教育法の法文からの改定
とその職務内容の規定の変更にもかかわらず、名称とその名称が表した実態とにおい
て、先祖返りする。

 こうした経緯を経て「まとめ」が公表される。なお、「まとめ」では「助教」の職
務内容を「教育と研究の両方」として「自ら教育研究を行うことを主たる職務」とす
る一方、注釈に

******************

【データ9】「まとめ」P8

(注1)「自ら教育研究を行うこと」について

 大学、学部等が組織として決定した方針等の下、授業科目の担当や自ら研究目標
を定めて研究を行う場合に限らず、研究プロジェクトの中の一部を分担して(教授等
の補助(観測・測定等)ではなく)研究を行う場合や、授業科目の一部を担当するこ
とも含まれる。また、医学や歯学等の分野においては、附属病院における診療も教育
研究の一環であり、教育研究に含まれるものである。

***********

と述べる。なおこの箇所は「整理」では

******************

【データ10】「整理」

(注1 )「自ら教育研究を行うこと」について

 授業科目の担当や自ら研究目標を定めて研究を行う場合に限らず、研究プロジェク
トの中の一部を分担して(教授等の補助(観測、測定)ではなく)自らの判断と責任
において研究を行う場合や、授業科目の一部を担当することも含まれる。

*****************

とされていた。「整理」の段階までは組織的な事務とされていた診療は、「まとめ」
において、「助教」が自ら行う教育研究の一部となった。その上で、「整理」、「ま
とめ」の双方において、「新職」(「整理」)・「助教」(「まとめ」)「の職務に
は、教育研究以外の職務も含まれ得る。」とする但し書きが「注2」として併記され
ている。


2.考察

 検討委員会における審議過程を追尾したが、本章ではその問題点について整理す
る。必要に応じて、「まとめ」と学校教育法改正案についても言及する。

(1)検討委員会の任務遂行不全

 検討委員会の設置にあたり審議事項とされた具体的項目として、「助教授、助手等
の若手研究者が独立して研究を行うこともできるようにする観点からの職の在り方
(職務内容等)についての見直し」が掲げられ、また実質的審議の開始時点において
も、助手の職務の整理が論点として明示された。審議過程においては少なくない委員
から、現行助手が担わされる職務の多さが論じられ、その解消が要望された。にもか
かわらず学校教育法改正のための法文の論議になるや、この論点は後景に追いやら
れ、「新職」の教授・准教授・講師らとの位置関係や名称に議題は矮小化される。議
題の矮小化の背景には、新「助手」の導入によって現行助手の職務の多さが解消され
るとの予断が指摘できるが、「審議経過の中間的な整理」の段階で既に、「助教」の
独立性を論じる文脈の中で、大学院生の日常的指導、教育、事務の三点においてその
組織性がわざわざ論じられ、新職は「自ら教育研究を行う」一方で「教育研究以外の
職務も含まれ得る」存在として規定される。しかも審議過程の追尾によって、附属病
院における診療が事務から教育研究の一部へと規定が変更され、その経緯は公表され
ていない。また作成される文書を追えば、論じられる組織的な教育・事務活動の実態
も、その想定される分担者の範囲が常に変動し、研究者・教員育成として当初掲げら
れた目的も撤回されるが、「助教」が担うべき職務としての位置づけは終始不変で
あった。結局、現行の、教育も、研究も、事務も分担する現行助手の職務の何が改変
されるというのだろうか。

 その上、「まとめ」では「助教」のテニュアの取得や任期制の導入などについても
言及する一方、「対応策」で述べられたような方策については何ら言及されず、「大
学の教員に優れた若い人材を確保するためには、若手が就く大学教員のポストを一定
割合確保すること」を各大学に要望するにとどまっている。検討委員会は委員が口々
に述べた現行助手の不遇に対して、「まとめ」でその解消の道程を具体的施策として
述べず、その現状を追認した。自らに課された任務を達成することなく審議を終了し
た。検討委員会の構成を想起すれば、このような結末は自明だったのかもしれない。

(2)論点の粗暴な挿入と改変、その主体

 「助教」の職務をめぐるこのような論点が審議過程に挿入された経緯も粗暴であ
り、民主主義的手続きからは想定できない手法によるものである。審議されなかった
事項が異例の「特にご審議いただきたい事項」として持ち込まれると同時に「整理
(案)」にも記載され、これを契機として幾人かの委員が言及し始める。「助教」の
独立性に対する危機感は医学部・附属病院関係委員を中心に述べられるが、医学部・
附属病院の実情への批判に関連する議事内容は、議事要旨から削除される経緯も確認
された。また審議過程では医学部・附属病院の特殊性が繰り返し論じられるにもかか
わらず、医学部・附属病院と部局を限定した職務の論議が文書化される過程で大学全
般に敷衍され、また診療等の特定の職務を、事務から教育研究へと定義変更を行う
(その議事が公表されていないことは既に記した)。我々はこの一連の挙動を、「助
教」の独立性を阻害する主体とその手法が表現されたものとして、読み取らねばなら
ない。「対応策」に符合する施策の「まとめ」からの欠如もまた、その主体と手法と
にその要因を見出すことも可能とならざるを得ない。既に公表された学校教育法改正
案において、「助教」の「教授及び助教授の職務を助ける」職務からの解放が法文上
規定されたとしても、「法令や答申等」(第9回検討委員会配布資料2「助手制度につ
いての検討素案」)に依拠して「助教」の独立性に由来する「支障」が生じないよう
「手当て」する策動が謀られ得ることが、審議過程では示されている。「手当て」を
欠いた同法改正案が公表された現時点ではその標的は大学(院)設置基準に移り、そ
の意図は同法改正案への「手当て」すなわち改正同法の空文化へと移る以上、同法改
正案の審議において大学(院)設置基準の国会への提出と審議が不可欠である理由が
ここに明白となった。

(3)「助教」の未権利の永続化

 「助教」の独立性に対する危機感の起源はどこに求められるのか。従来の、教授・
助教授に対する補助者としての地位からの独立が、学術研究上の、あるいは職務に由
来する特殊性に基づく共同をも崩壊させるとの認識が検討委員会の審議過程で委員か
ら表明された発言は既に見た。この認識は、同法改正案上では現行同法から引き続い
て教授会の構成員を教授・准教授に限定する条文案第59条2項に法文上にも貫徹され
る形式で「手当て」され、またその意図は、「助教」の「自ら」行う「教育研究」で
さえも、助教の参画できない教授会を要素とする大学・学部等の組織の決定した方針
等の下に統括するとした「自ら教育研究を行うこと」の定義(「まとめ」注1)に表
明されている。これは、「助教」は大学における教育研究上のプロフェッションたり
えない、との不信の表明に他ならない。しかしこの不信は本来、検討委員会で散々交
わされた若手研究者・大学教員の育成をめざす教員組織の在り方の議論と矛盾する。
育成される若手研究者・大学教員が不信の対象である、と表明するに等しいからであ
る。

 もちろん、大学で教育研究に従事する教員はその専門性とその熟練との度合いに応
分な責務を負う。しかし、「助教」の資質は大学教員による適切な審査に基づいてそ
の地位を得る。大学におけるその「助教」たる存在自体が持つ客観性に依拠して、大
学・学部等の意思決定に「助教」が参画する権利が付与されねばならない。さもなけ
れば、そのような研究者・教員の育成は、「独立性」の付与ではなく組織からの「疎
外性」か、組織への「従属性」の一方もしくは双方の貫徹として機能せざるを得な
い。

 論理性を欠いた不信の表明と有害な疎外又は従属とを法文上明記するならば、現行
同法における助手の職務の「教授及び助教授の職務を助ける」との定義がもたらした
無数の不明と蒙昧を改めて生起しかねない。

3.まとめ

 検討委員会の審議過程の追尾によって、検討委員会が示した「まとめ」は現行助手
制度に対して審議過程で異口同音に述べられた批判を適切に表現せず、したがってそ
の具体的な改定施策も述べないどころか、学校教育法改正案の中で辛うじて記された
「助教」の独立性が法案審議以前に既に危機に瀕している事態をも明るみに出してい
ることが示された。検討委員会の審議過程で表明された若手研究者・大学教員への不
信に、そして国会での学校教育法改正案審議の場に、大学の果たす機能の中での若手
研究者・大学教員の役割とその意向、それらを含めた「層としての若手研究者」の実
態の対置を通じて、これを教唆し天下にその問題の存在と打開の必要性との明示の課
題が残された。

以上

[1]「大学の教員組織の在り方について<審議のまとめ>」
[2]「「大学の教員組織の在り方について」(審議経過の中間的な整理)」
[3]第1回検討委員会配布資料1 「大学分科会及び大学の教員組織の在り方に関する
検討委員会の概要」

[4]第1回検討委員会配布資料2 「大学の教員組織の在り方に関する検討委員会名
簿」

[5]第2回検討委員会配布資料2 「第一回検討委員会における意見の概要(案)」
[6]第5回検討委員会配布資料6 「「国際級研究人材の養成・確保のための環境と方
策(アンケート調査の結果より)−「個人を活かす」ためのシステムへの移行−」概
要〔科学技術政策研究所〕」

[7]第7回検討委員会配布資料4 「特に御審議いただきたい事項」
[8]第7回検討委員会配布資料2 「審議の中間的な整理(案)」
[9]第7回検討委員会議事要旨
[10]第8回検討委員会配布資料4 「主な論点について(整理メモ案)」
[11]第9回検討委員会配布資料2 「助手制度についての検討素案」
[12]第10回検討委員会配布資料2 「審議経過の中間的な整理(案)」
[13]第1回検討委員会配布資料3 「大学の教員組織の在り方に関する検討委員会の公
開について(案)」

[14]第11回検討委員会配布資料4 「「新職」等若手教員への支援として考えられる
対応策(例)」

[15]第11回検討委員会配布資料3-1 「「新職」の職名の候補例」
[16]第12回検討委員会配布資料3 「各委員からの職名についての意見の概要」
[17]第12回検討委員会参考資料1-3 「「新職」及び「(新)助手」の名称について
寄せられた主な意見」