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独行法反対首都圏ネットワーク

☆理系白書【4】国から独立「楽園」一変 毎日新聞2002年5月20日東京朝刊.
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毎日新聞2002年5月20日東京朝刊
理系白書【4】国から独立「楽園」一変

 東京ディズニーランド5個分の広大な敷地を、ラフな服装の男女が自転車で往
来する。産業技術総合研究所(茨城県つくば市)。昨年4月、15の国立研究所
(国研)を統合し、独立行政法人として発足した。スリム化、効率化を図る行政
改革の一環で生まれた「国でも民間でもない」新組織だ。

 研究者3000人を抱える世界最大規模のこの研究所で4月中旬、初めての
「通信簿」が所内に公開された。

 54の研究ユニットすべてを、外部の意見に基づき所内で評価。5点満点の点
数と「優・良・可」の総合判定がついた。2年目の予算配分がこれで決まる。優
は20%、良は10%上乗せされ、可は据え置き。しかし基準額が平均1割削減
されたため、半数以上の28ユニットは実質減額となった。

 旧地質調査所が母体の「地球科学情報研究部門」の成績は「可」。約4500
万円の削減だ。主任研究員の藤本光一郎さん(44)は「目標は達成したのに」
と納得がいかない。減額分を補うには企業の資金や公募制の科学研究費補助金が
頼りだが、基礎的な領域が多い地質研究は、それもままならない。

 「岩石などの分析を半分に減らす。余裕があればやろうと思っていた新しい研
究も無理ですね」。研究には、各地で集めた標本が欠かせない。しかし、研究ス
ペース1平方メートルを1年使うごとに1万円が課される「スペース課金」の負
担は重い。場所をとる標本の多くを処分した。「目標以上に頑張っても研究費が
減るようでは、研究者の士気が下がる」と藤本さんはいう。

   ■   ■
 同じ産総研内部の評価で、予算20%増の「優」を得た「生命情報科学研究セ
ンター」は、東京・お台場の臨海副都心センターにある。ヒトゲノム(人間の全
遺伝情報)を基に、コンピューターでより深い解析を進めるバイオインフォマテ
ィクス(生命情報工学)という先端分野。センター長の秋山泰(ゆたか)さん
(40)は10年前まで旧工業技術院に在籍し、大学で経験を積んだ後、昨春、
古巣に戻った。

 「昔は、日がな一日お茶を飲んでテニスをしている研究者がいました。それで
も何年に一度かは画期的な成果を出す人もいて、それを許す風土があった」と秋
山さんは振り返る。

 センターの研究者は約30人。内外の大学や企業から数学、情報処理、生物な
ど各分野の専門家が集まった。昨年秋には、薬の効き目を左右する「膜たんぱく
質」の遺伝子を新たに550個見つけた。特許を出願し、製薬企業など十数社か
ら引き合いがきている。共同研究も始まった。

 信頼性を高めるための実験機器を買った時は、予算超過分を次年度分から前借
り。国研時代には不可能だったか、難しかったことだ。

多様な研究どう評価

   ■   ■

 「自由を享受し、特許数は勝るが論文や実用化では劣る。業績評価があいまい
で報酬に格差がない」。財団法人未来工学研究所は日米英の比較から、日本の国
研をこう特徴づけた。日本の研究者人口は約64万人(自然科学系)。うち約1
万人を国研が占める。大学のような教育の義務がなく、金の心配をせず好きな研
究ができる。時に「愚者の楽園」と批判もされてきた。

 独法化による「評価」の導入はそんな環境を一変させる。「研究者の能力を生
かせるように組織を変え、カネも戦略的に使えるようになった。基礎研究もカ
バーしながら、日本の産業を後押しする体制ができた」。産総研の吉川弘之理事
長は、意義を語る。
 しかし、評価の難しさも明らかになってきた。「あら探しでなく、進歩につな
がる評価をしたい。研究の独創性を殺すようでは本末転倒」(吉川さん)という
迷いもある。誰もが納得できる評価に向けて、模索が続く。【元村有希子】

 ◇国研の独法化◇ 昨年4月、公文書館や少年自然の家など83機関が「国
立」から57の独立行政法人に衣替えした。そのうち約30は国立研究所を母体
とする研究機関だ。運営費は政府からの交付金だが、使い方や外部資金導入、組
織改革などで裁量が広がった。経営的発想が求められ、収支は「企業会計原則」
に基づいて損益計算書を作る。効率が悪いと統廃合もありうる。業績は中期目標
(3〜5年)の達成度を第三者が毎年評価し、結果を公開する。最初の評価が夏
に実施される。

(毎日新聞2002年5月20日東京朝刊)