河北新報 2001.8.22 朝刊 論壇
「国立大学改革 教員の業績 適正評価を」
高木富士夫(東北大学大学院理学研究科教授)
国立大学の法人化へ向けての動きが慌ただしい中、六月に文部科学省から大学改革に向けた三つの方針が打ち出された。
第一は、国立大学の再編・統合を大胆に進め、その数を大幅に削減して活性化を図る。第二は、国立大学に民間の経営手法を導入し、国立大学法人に早期に移行する。そして、第三は、大学に第三者評価による競争原理を導入し、評価結果に応じて資金を重点配分し、国公私立ベスト30を世界最高水準に育成する、というのである。
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文科省の改革方針については、多くの疑問がわく。第一に、各大学の運営基盤強化のために再編・統合が不可欠とのことであるが、民間企業または私立大学の経営基盤強化と混同していないだろうか。
大学の運営基盤とは何か。予算的なことなら、大学へ支出する国家予算を増やせばよい。時代の変化、社会の養成にこたえて、再編・統合により大学を改革しろという意味ならば、運営基盤強化とは意味が違う。少子化による学生数の減少に備えよという意味ならば、大学数削減、学生定員削減の概数を示すべきだ。評議会や教授会が十分機能していないという意味ならば、統合とは関係がない。
第二に、国立大学に民間の経営手法を導入するというが、理由がはっきりしない。現在の国立大学がさまざまな点で民間的でないのは確かであるが、一体どの点を改めよというのか。そもそも、私立大学は民間の発想で経営されており、国公立大学とは性格も役割も異っている。そのような役割分担の積極的意義を文科省は評価していないのだろうか。
確かに大学には問題が山積している。しかし、それらの問題が民間の経営手法で解決されるのであろうか。そもそも法人化は国家公務員の削減という至上命令から発したことで、それ以外に積極的な理由はない。
第三に、大学に第三者評価による競争原理を導入し、予算を重点分配し、各分野ベスト30校を世界最高水準に育成するというが、これは大いに問題である。大学に評価が必要なのは当然だが、その目的は競争をあおることではない。そうでなくても最近は大学のランク付けが大流行で、腰を落ち着けて研究に励もうとしている人にとっては迷惑なことである。
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やるべことは、まず大学教員の研究教育の面における能力、業績を適正に評価し、その結果を人事や待遇に反映させるシステムを作ることである。また、21世紀の学問は国家間の競争によって進めるというよりは、文明の進展と人類の福祉のために国際協力で進められるべきである。競争的研究に全くなじまない分野があることも忘れてはならない。
学問の水準は、広いすそ野があってはじめて高い頂上が形成され、維持される。分野の分け方にもよるが、ベスト30校を重点的に育成したら、それ以外との間に大きな格差ができて、学問の進展は著しく阻害される可能性が高い。現状でも大学間格差があるのは周知の事実である。この格差の功罪についてきちんと評価もしないで、さらに格差を広げるような重点育成策をとるのは危険である。
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各都道府県に少なくとも一つの国立大学を置くという新制大学の制度は、中央集権の弊害を緩和し、地方を活性化し、人材を育成して社会に貢献し、高度経済成長をはじめとする戦後のわが国の発展に寄与してきた。公立大学、私立大学もそれぞれの特長を生かして社会に貢献してきた。
文科省は評価すべきことは評価した上で問題点を指摘し、理念を明確にして改革方針を示すべきである。もちろん、大学自身が自己の存在理念と改革方針を示さなければならないことは言うまでもない。
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