国立大学法人の財務諸表と
フリーキャッシュフロー(FCF)分析

試案:醍醐聰教授(東京大学大学院経済学研究科)

於 大学財務分析検討ワークショップ

はじめに:「フリーキャッシュフロー(FCF)」とは

 国立大学法人が義務付けられた財務諸表作成は、企業会計原則に準拠した国立大学法人会計基準に基づいており、営利目的ではない国立大学の財政状況の理解にとって、これに民間企業と同一の財務分析を施して得られる指標が必ずしも適当な指標とはなりえない。したがって、国立大学法人の財務体質評価に際しては、公開された数字からより適切な指標を導き出し、議論を進める必要がある。この点で、企業の決算において、フリーキャッシュフロー(FCF)とは、その本来業務から生み出したキャッシュフローのうち、自由に使える余剰額を指すとされているので、国立大学法人の財務評価においても、有効な指標たりうるといえる。つまり、この金額が大きいほど、法人(企業・大学)は戦略的に利用可能な資金を潤沢に持っていることになり、そのこれからの成長力を評価する際の主要な指標となる。

 FCFの算定では、キャッシュフロー計算書から簡便に求める次のような算定式がしばしば用いられている。

(3)FCF

 (業務活動によるキャッシュフロー)                                                                    (1)

+(投資活動によるキャッシュフロー)                                                                    (2)

 (1)は、民間企業の場合は商品販売やサービス提供などの日々の営業活動の収支余剰額から得たキャッシュの量を表す。

 (2)は、主に固定資産の取得及び売却で増減したキャッシュの量を表し、固定資産が増えればマイナスとなる。現事業の維持に必要な資金とされる。

国立大学法人におけるFCFの算定式(試案)

 国立大学法人におけるFCFの算定においては、次のような算定式を用いてその「短期的なFCF」を評価してみる。

短期的なFCF

 (業務活動によるキャッシュフロー)−(承継剰余金の受払収支差)                  (1)

+(投資活動によるキャッシュフロー)                                                                    (2)

+(近い将来に予定される業務収入)                                                                        (4)

−(近い将来に予定される業務支出)                                                                        (5)

 (1)では、法人化に伴う一過性の収支を除外するために承継剰余金の受払収支差を除外する。

 (2)は、現状維持に必要なキャッシュフローの近似値として用いられている。ただし、何をもって「現状維持に必要なキャッシュフロー」とみなすかは、一義的には決まらないという限界がある。

 (3)(1)+(2)が、当期中に生み出されたFCFに相当し、民間企業ではここで計算を終えるのが通例である。しかし国立大学法人の場合、(3)には近い将来に中期計画に従って既定の業務支出に充てることが予定された金額が含まれている。そうした項目は、法人が裁量的に利用できるFCFとは言えないと考えられる。

 そこで(3)+(4)−(5)で算定した金額を、大学法人にとっての「短期的なFCF」とみなすことにする。ここで「短期的な」と断るのは、中期計画に従って既定の業務支出に充てることが予定された金額を控除した余剰金の大小を示す指標としてFCFを用いるためである。

FCFの段階的把握

 しかし一口にFCFと言っても、上記(3)+(4)−(5)の数値(すなわち「短期的なFCF」)が唯一絶対のものというわけではなく、算定途上の各項の符号とその大小を見ることによっても、大まかには大学法人の財政余力を把握することができる。

 そこで、FCFを次のように段階的に整理して、その正負と大きさから大まかな傾向を分析してみる。

FCFI(1)

 投資活動や近い将来に予定される業務収支を考慮しない、当期の業務活動の収支差という意味でのFCF(最広義のFCF

FCFII(3)

 近い将来に予定される業務収支を考慮しない、当期の業務活動と投資活動の収支差という意味でのFCF(民間企業ベースのFCF

FCFIII(3)+(4)−(5)

 投資活動や近い将来に予定される業務収支も考慮に入れたFCF(最狭義のFCF

 FCFIがマイナスの法人は、本来業務に要する支出を賄うに足る業務収入が不足することを意味し、財政状況が相当逼迫している兆表と言える。

 FCFIIがプラスの法人は、投資活動に必要な資金を業務活動で賄える財政力を持っていることを意味するが、近い将来の収支差をカバーするためには、一段の増収を必要とする。

 FCFIIIがプラスの法人は、投資活動に加え、近い将来の業務収支差を加味しても正のFCFを保有していることを意味し、少なくとも短期的には強固な財政力のある法人とみなされる。

FCF分析の限界とその補完

 ただし、以上3段階のFCF分析には次の3つの限界がある。

 第1の限界は、恒常的とは言えない当期の投資活動の収支、特に投資支出の大小によって、FCFIIFCFIIIは決定的な影響を受けるということである。極端な場合、当期に大規模な施設建設をした法人はFCFIIFCFIIIが悪くなるが、そうした状況が今後も継続するとは言いがたい。

 第2の限界は、FCFの絶対額は法人の財政余力を表す指標とはならないし、法人間の財政余力を比較する指標にもならない、ということである。

 第3の限界は、いずれのFCFも短期的な法人の財務の安定性(流動性)を表すわけではない、という点である。

 第1、第2の限界を補完する方法として、ここでは

業務活動余力指標≡FCFI/(当期業務支出合計額)

(ただし、「当期業務支出合計額」とは「原材料、商品又はサービスの購入による支出」、「人件費支出」、「その他の業務支出」の総和)

という指標を用いることを提案する。その趣旨は、当期の業務活動(算定式の分母)から業務活動以外に宛てうる資金(算定式の分子)をどの程度生み出したかを把握することである。

 

 また第3の限界を補完する方法として、ここでは

短期的流動性指標

FCFIII−(1年以内に決済期限が到来する債務)+(手持ち現金預金)

(ただし「1年以内に決済期限が到来する債務」とは、「未払金」、「一年以内返済予定国立大学財務・経営センター債務負担金」、「一年以内返済予定長期借入金」の総和を指し、短期の金銭債務を意味する。)

という指標を用いることを提案する。その趣旨は、この金額の大小から、法人の短期的な債務弁済能力がどの程度かを把握するということである。

***************************************************************************

 別紙に、財務諸表から上記FCFや指標の計算のためのエクセルのワークシートを用意する。

以上