『朝日新聞』2010年4月5日付

カリキュラム見直し 参照基準大枠固まる 日本学術会議


日本学術会議の検討委員会が、大学のカリキュラムづくりの元になる「参照基準」のまとめ作業を続けている。大学に教育の質を立て直してもらうための「物差し」となる。三つの分科会で1年以上、議論し、大枠がほぼ固まった。早ければ5月から、法学、生物学、物理学など計約30分野の具体的な基準を決めていく。各分科会の報告案の骨格を紹介する。

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大学進学率が高まる一方で、高校の教育内容は多様化し、ペーパーテストを課さないAO入試や推薦枠は拡大してきた。

そんな中で、学生の学びと大学の教育の質低下が指摘されている。科学者の代表機関である学術会議は、文部科学省から依頼を受けて08年6月から、学部4年間の教育内容の質をどう向上させるのかを検討し始めた。

検討委員会(委員長、北原和夫国際基督教大学教授)を設けて、その下につくった「質保証枠組み」「教養・共通教育」「大学教育と職業との接続」の3分科会で議論してきた。各分科会の審議状況は6日の学術会議総会で報告する予定。続いて、当面3年間をめどに約30分野それぞれで、質向上のための議論を始め、カリキュラムづくりのコアともいえる「参照基準」をまとめる。

■まとめ作業急げ

《解説》

大学教育の4年間を立て直す日本学術会議の議論が折り返し点に差しかかった。

大学教育の質を高めるシステムとしては、入試や認証評価制度、設置認可とその事後検証などさまざまな仕組みが用意されている。ただ、肝心の大学教員と学生がつくりあげる「教育活動」そのものの質が上がらなければ、せっかくのシステムも形骸(けいがい)化するだけだ。

学術会議の議論はその核心部分にメスを入れる試みだと評価したい。 1年半の議論を総括すると、教養や職業との関係では幅を広げすぎて、 教育を立て直すための「参照基準」の存在が希薄になりそうな場面もあった。しかし、正式な分科会報告の後は、分野別での「参照基準」のまとめ作業に入る。大学関係者の間では、「カリキュラム編成の際に参考にする」という期待も大きい。それだけに関心が高いうちに結果を出し、関係者にカリキュラムを見てもらうことが重要だ。

学術会議に求められるのはスピードと大学への還元である。一刻も早くまとめ、大学側の自主的なカリキュラム編成に生かす道筋をつけるべきだ。そのためには参照基準をまとめた後のアドバイザー的な仕組みを考えてもいい。(編集委員・山上浩二郎)

■「就活は休日に」

〈大学と職業との接続分科会のメンバー、日本ユニシス社長の籾井勝人さんの話〉 就職活動については、分科会で議論の焦点になった。学生は早い時期から就労や社会体験を行ったうえで自分の適性や企業・職業とのかかわりを考えつつ勉学に励み、4年秋から卒業後も含めて就職活動をするのが理想だと考えている。一方、企業は、勉学を妨げるような行為は慎むべきで、就職にかかわる活動は休日など学業に支障のない日時に設定することが必要だと思う。

■3分科会が検討した「参照基準」

■編成主体は大学 質保証枠組み検討分科会

「学生は何を身につけることが期待されるのか」という問いに、大学は一定の「答え」を与えなければならない。そのために大学が打ち出す教育目標や、それに基づく学習内容・方法をつくる際に参考になる「教育課程編成上の参照基準」が必要だ。だが、押しつけにならないように、基準をもとにしたカリキュラム編成の最終的な主体は大学にある。

また、専門分野別に参照基準をつくる際にはどんな構成にすべきかを示す「参照基準作成の手引き」を作成中だ。「学問分野の定義」「学生が身につける基本的な素養」「学習内容・方法と評価方法の提示」などの項目がある。

どんな中身か。参考につくった「教育学」の基準では、「教育の複雑さと危うさ、教育可能性とその限界を知り、特定の教育形式の適切さと不適切さを見分けることが可能になる」などとした。今後こうした基準を約30の分野別につくる。

■教養・専門 柔軟に 教養・共通教育分科会

分野別の参照基準をまとめる際、今の教養教育と専門教育をどう関係づけて、活用すべきかが課題となった。そのために、「教養教育とは何か」というテーマにも取り組むことになった。

分科会は、出発点として、これまでの教養教育の問題点を分析。日本の場合、戦後、学部4年間のなかで、教養(一般)教育が専門教育に先立って前期課程で履修するように位置づけられたことが、結果的に否定的な意味で語られ、混乱をもたらした面もあると指摘した。

そのうえで、教養教育は、今も民主主義を支える市民の育成という理念が原点にあると認識すべきだと強調した。

この教養教育の考え方を、分野別の参照基準にどう組み込むか。分科会は、教養教育、専門教育を柔軟に関係づけながら「民主主義を担う市民教育」という視点の重要性を訴えていく。

■職に役立つ能力を 大学教育と職業との接続分科会

今後、参照基準をまとめる際、広く職業生活に通じる一般的な能力(ジェネリックスキル)が身につけられることも、特定の専門分野の教育の重要な機能とすべきだと強調した。ほかに、学生・労働者の視点から職業の意味を大学教育で考えることも求める。

一方で、就職活動の早期化と未内定者の増加傾向や企業の求人が量よりも質の重視に転換していること、景気の変動による就職浪人の増減などの課題があるとしている。

こうした課題を放っておくと、大学教育の質の保証が難しくなりかねない。学生支援の充実、就職できない若者へのセーフティーネットの構築、企業の採用の際、「新卒」要件を緩和などを訴える。具体的には、 「卒業後3年間は新卒一括採用の門戸が開かれること」と提案。企業を規制する方向ではなく、既卒と新卒者を同じ枠で採用する企業を公表するなどの方法もある。