『日本経済新聞』2010年3月23日付

動き出す「最先端研究開発支援プログラム」 山中京大教授ら30人に1000億円


緊急経済対策の一環として2009年度補正予算に盛り込まれた大型研究助成「最先端研究開発支援プログラム」がいよいよ動き出す。自民党前政権が打ち出してからほぼ9カ月、前政権が打ち出してからほぼ9カ月、民主党新政権による予算変更などの曲折を経て、総合科学技術会議(議長・鳩山由紀夫首相)がこの3月、やっと計画を決定した。問題点の多い科学技術振興策と指摘されてきたが、始まったからには社会への還元を意識した成果を生み出す必要がある。

プログラム推進のため日本学術振興会に創設する基金の総額は、当初予定の2700億円から1500億円、さらに1000億円へと減った。世界のトップを狙える中核研究者は昨秋、公募した565人の中から30人を選んだ。

予算減額を受けて研究協力者やテーマの設定など、組み替え作業は大変だったようだが、最高で50億円というこれまでの研究助成にはない巨額の資金を得られるとあって、不満の声はさほど表面化しなかった。年度内ギリギリに決まった計画では、多くのグループが査定を受けてさらに規模縮小を余儀なくされた。研究者がこれほど振り回された科学技術政策も珍しいだろう。

選ばれた30人は日本を代表する研究者だ。米科学誌サイエンスの年間トピックスに取り上げられた京都大学の山中伸弥教授(再生医療)や東京工業大学の細野秀雄教授(材料工学)、質量分析技術でノーベル賞を受賞した島津製作所の田中耕一氏らそうそうたるメンバー。「日本もまだまだ捨てたものではない」という感慨を抱かせる。

課題は、5年という限られた期間で期待にこたえる成果を生み出していけるのかどうか。科学技術は本来、緊急経済対策になじまないうえ、審査の過程で「基礎的な研究に力を入れるべきだ」という意見が出るなど基準にちぐはぐさがみられた。各研究者は、それぞれのテーマについて社会の中で位置付けられる役割を考えていかねばならないだろう。

閉塞(へいそく)感の漂う社会状況のもと、学会や論文での発表だけで満足していれば社会の理解は得られない。産業応用が見込めるのであれば、実現に向けてどのような道筋が描けるのか。応用とかけ離れていても、日本が世界に発信する科学情報としてどのような意義をもっているのか。社会に向けて分かりやすく説明する意識が求められる。

今回のプログラムは科学界に大きな影響を与えた。通常予算で本格的に取り組めば、研究基盤の底上げにつながる可能性がある。一過性ではなく、じっくりと取り組めるよう政策を見直すことも重要だ。


最先端研究開発支援プログラムの中核研究者(敬称略) 中心研究者(所属) 研究課題 研究費総額(提案額)
合原一幸(東京大学) 複雑系数理モデル学の基礎理論構築とその分野横断的科学技術応用 19億3600万円(32億2800万円)
審良静男(大阪大学) 免疫ダイナミズムの統合的理解と免疫制御法の確立 25億2000万円(36億円)
安達千波矢(九州大学) スーパー有機ELデバイスとその革新的材料への挑戦 32億4000万円(50億円)
荒川泰彦(東京大学) フォトニクス・エレクトロニクス融合システム基盤技術開発 38億9900万円(50億円)
江刺正喜(東北大学) マイクロシステム融合研究開発 30億8700万円(50億円)
大野英男(東北大学) 省エネルギー・スピントロニクス論理集積回路の研究開発 32億円(50億円)
岡野光夫(東京女子医科大学) 再生医療産業化に向けたシステムインテグレーション−臓器ファクトリーの創生− 33億8400万円(50億円)
岡野栄之(慶応義塾大学) 心を生み出す神経基盤の遺伝学的解析の戦略的展開 30億6800万円(50億円)
片岡一則(東京大学) ナノバイオテクノロジーが先導する診断・治療イノベーション 34億1500万円(50億円)
川合知二(大阪大学) 1分子解析技術を基盤とした革新ナノバイオデバイスの開発研究―超高速単分子DNAシークエンシング、超低濃度ウイルス検知、極限生体分子モニタニングの実現― 28億7700万円(50億円)
喜連川優(東京大学) 超巨大データベース時代に向けた最高速データベースエンジンの開発と当該エンジンを核とする戦略的社会サービスの実証・評価 39億4800万円(50億円)
木本恒暢(京都大学) 低炭素社会創成へ向けた炭化珪素(SiC)革新パワーエレクトロニクスの研究開発 34億8000万円(49億9100万円)
栗原優(東レ) Mega-ton Water System 29億2400万円(49億6800万円)
小池康博(慶応義塾大学) 世界最速プラスチック光ファイバーと高精細・大画面ディスプレイのためのフォトニクスポリマーが築くFace-to-Faceコミュニケーション産業の創出 40億2600万円(49億9900万円)
児玉龍彦(東京大学) がんの再発・転移を治療する多機能な分子設計抗体の実用化 28億7600万円(50億円)
山海嘉之(筑波大学) 健康長寿社会を支える最先端人支援技術研究プログラム 23億3600万円(50億円)
白土博樹(北海道大学) 持続的発展を見据えた「分子追跡放射線治療装置」の開発 36億円(50億円)
瀬川浩司(東京大学) 低炭素社会に資する有機系太陽電池の開発〜複数の産業群の連携による次世代太陽電池技術開発と新産業創成〜 30億6700万円(50億円)
田中耕一(島津製作所) 次世代質量分析システム開発と創薬・診断への貢献 34億円(50億円)
十倉好紀(東京大学) 強相関量子科学 31億円(50億円)
外村彰(日立製作所) 原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の開発とその応用 50億円(50億円)
永井良三(東京大学) 未解決のがんと心臓病を撲滅する最適医療開発 34億6400万円(50億円)
中須賀真一(東京大学) 日本発の「ほどよし信頼性工学」を導入した超小型衛星による新しい宇宙開発・利用パラダイムの構築 41億400万円(50億円)
細野秀雄(東京工業大学) 新超電導および関連機能物質の探索と産業用超電導線材の応用 32億4000万円(48億3900万円)
水野哲孝(東京大学) 高性能蓄電デバイス創製に向けた革新的基盤研究 28億4300万円(50億円)
村山斉(東京大学) 宇宙の起源と未来を解き明かす−超広視野イメージングと分光によるダークマター・ダークエネルギーの正体の究明− 32億800万円(50億円)
柳沢正史(米テキサス大学) 高次精神活動の分子基盤解明とその制御法の開発 18億円(49億800万円)
山中伸弥(京都大学) iPS細胞再生医療応用プロジェクト 50億円(50億円)
山本喜久(国立情報学研究所・米スタンフォード大学) 量子情報処理プロジェクト 32億5000万円(50億円)
横山直樹(富士通研究所) グリーン・ナノエレクトロニクスのコア技術開発 45億8300万円(50億円)


(科学技術部編集委員 永田好生)