『読売新聞』2010年3月17日付

「理系博士」の完全雇用目標…政府方針
応用力ある人材育成課題


政府は昨年末に策定した「新成長戦略」の基本方針のなかで、2020年までに理工系大学院の博士課程修了者の完全雇用を達成することを目標に掲げた。

理系博士が大学だけでなく、企業などで幅広く活躍する社会を目指すが、実現には大学側の意識改革など課題は山積している。

研究開発力を強化するため、政府は1990年代から大学院定員増を推進。理工系の博士課程修了者は05年に4762人と90年の約3倍に急増した。

一方、大学の若手教員ポストは増えていない。任期付き雇用の博士研究員(ポスドク)といった受け皿の増加、社会人入学者による底上げなどで近年、就職率は上向いているが、09年でも69%にとどまる。ポスドクの職を渡り歩く不安定な生活に悩む人も多い現状に志願者は減り、08年に修了者は減少に転じた。

若手研究者の進路として期待される企業への就職も伸び悩んでいる。年齢の高さなどから採用を敬遠する企業も多いが、筑波大の小林信一教授(科学技術政策)は「教授が自分の弟子を育てるような従来の指導では、社会で通用する人材は生まれない」と指摘する。

高度な専門知識を企業で生かせる人材を育てる取り組みも始まっている。文部科学省が優れた大学院の教育研究拠点に重点投資する「グローバルCOEプログラム」に08年度選ばれた明治大の拠点リーダー、三村昌泰教授は「一つの領域に閉じこもらず幅広い研究を積んだ人材が、特に企業では求められている」と話す。

同大学の「現象数理学の形成と発展」拠点では、社会や自然現象を数学で表す「モデリング」、それを解く「シミュレーション」、そして「解析」という3分野の教員が連携し、企業でも通用する応用力を養う。「企業では『私は大学院で研究したことしかできません』といった言い訳は通用しない」と三村教授は説明する。

ただ、こうした取り組みはまだ限られる。今月1日に開かれた文科省中央教育審議会の作業部会では、「理系博士の質が大学によってバラバラ」「博士に必要な基準を明確にし、企業が採用に前向きになる体制に」といった意見が出た。政府は今後、目標達成に向けた具体策を真剣に考えなければならない。(三井誠)