『毎日新聞』2010年3月20日付

新教育の森:教員養成へ独自色、私立大が本格参入


◇学内組織で研究授業、採用試験対策も重視

団塊世代の退職による教員の新規採用の増加や、政権交代後に検討され始めた養成期間延長で、職業としての「先生」が注目されている。これまで国立大学の教育学部が養成の中心を担っていたが、学生数の多い私立大も授業研究や教員就職支援に本腰を入れ始めた。【井崎憲】

◆理論と実践の融合

「教科書には三角形の三つの角の和は180度とある。でも、無数にある三角形を全部調べたわけじゃないでしょう。みんな疑問に思わないかな」。早稲田大教師教育研究所所長の近藤庄一・教育学部教授(代数学)は今月3日、横浜市立下田小(港北区)の6年生児童約30人を前に、プロジェクターに三角形を映し出しながら切り出した。教科書に載っている常識に、あえて疑問を投げかけて児童が考えるきっかけをつくった。

それでも、教科書の常識を疑わない児童たちが目立った。そこで近藤教授は、三角形の和の結論は経験則から導かれたものにすぎず、一般的に数学者は、本当に正しいかどうかは保留していると説明した。公式の暗記や計算練習の連続で、数学嫌いになることが多い。だが、授業を受けた児童たちは「意外に自由に考えることができるんだ」などと感想文を寄せ、数学の面白さを感じ取ったようだった。

早大教師教育研は2002年に設立され、現役教員やOBが研究員となり、 授業や教育制度の理論的な研究を重ねている。下田小での授業は同研究所として初めての研究授業で、普段は子どもたちと接することが少ない大学教員が、専門テーマについて子どもに興味を持たせるよう自ら説明し、「理論と実践の融合」を目指した。今後は研究授業を積み重ね、教材などを出版して、教員志望の学生たちが実際の授業で使えるアイデアを蓄積していくという。

近藤教授は研究授業のため、1〜6年生の算数の教科書に目を通し、テーマ設定などに1カ月以上の準備期間をかけた。「小学校での授業は初めてだったので、1コマの授業で何をテーマに選び、どうすれば子どもに理解してもらえるか苦労した。学生にも伝えていきたい」と振り返った。

これに対し、教育学部はないが、教職に就いたOBの協力を得て、学校現場での実践ノウハウを教員志望の学生に伝えているのが明治大学教育会。06年に文学部の教職課程の教授らが設立した明治大学教師教育研究所を前身とし、OBのネットワークづくりに力を入れている。教職課程の学生はOBを訪ねて授業を見せてもらい、大学外での経験を積んでいる。

◆知識重視より探究心

戦後、教員養成は主に国立大の教育学部が担っていた。教員養成色の強い一部の例外を除くと、教職課程のある私立大でも、教員養成の観点で学内組織をつくることはほとんどなかった。

しかし、90年代からいじめや学級崩壊の問題がクローズアップされるようになり、教員の資質向上策の一つとして97年、文部省(当時)の教育職員養成審議会は「大学の教員養成教育では教科の専門性が過度に重視され、子どもたちの教育につながる視点が乏しい。専門的職業である教師を養成する認識が共有されていない」と厳しく指摘。知識重視より、教員志望の学生の探究心を育てる教職課程でのカリキュラム改善を促した。

教育職員免許法の施行規則改正により、今年4月から大学に入る学生は、教職課程で「教職実践演習」を新たに履修する必要がある。これまでも専門教科ごとに学生が模擬授業を行って到達度を測ることはあったが、教職実践演習では、表現力や生徒理解など教員としての総合的な力量が試されることになる。

明治大教育会のメンバー、佐藤英二・文学部准教授(教育学)は「従来は大学4年間の養成で教師として送り出すという考えで、現職の教師としてどう成長するかということに結びついていなかった。大学の授業で学んだことと、現場での成長をどうリンクさせるかが今後の課題」と話す。

◆安定感で人気復活

一方、私立大で多いのは、教員採用試験対策に重点を置いた大学付属の組織。90年代、児童・生徒数減少による教員採用数の減少で、教員免許を取得しながら教職に就けない学生が増えたため、立命館大学は93年、「教職センター」(現教職支援センター)を設立。このほかにも、多くの大学が有望な就職先として教職員に注目し、支援センターのような組織を設立したり、拡充している。今年2月、支援機能を持つ「教職課程研究センター」を開設した愛知文教大学は採用試験の分析のほか、教職に就いたOBへの継続的な指導も行う。

ある私立大の就職支援担当者は「安定性のある職業として人気が復活しており、教員採用試験対策の拡充を望む声は学生から強い。民間企業が採用を絞る就職氷河期の中で、大学としても就職実績のアップを見込める魅力がある」と打ち明ける。

首都圏や関西の都市部の教育委員会は、団塊世代の教員が大量に退職した穴を埋めるため、採用枠を大幅に拡大しており、一部の県を除くと、採用試験の競争倍率は低下傾向にある。

しかし立命館大教職支援センターは「全国的にやや広き門となっているが、 教員としての資質や能力、実践的指導力や即戦力を有した人物が一層重視されており、合格は簡単ではない」とみている。教職員志望の学生を手厚くバックアップする大学側の動きはしばらく続きそうだ。