『毎日新聞』2010年3月17日付

大学大競争:国立大法人化の功罪/3 産学官連携、両刃の剣


札幌市中心部のビルの一室。バイオベンチャー「イーベック」会長の高田賢蔵・北海道大教授が、氷点下150度の冷凍庫の中から小さな容器を取り出した。容器には08年にドイツの製薬会社「ベーリンガーインゲルハイム」から5500万ユーロ(当時88億円)もの契約金をもたらした「宝の山」の細胞が入っている。

内科医の高田教授は約30年に及ぶ研究の末、がん細胞や病原体などを排除する画期的な新技術を開発。がん治療の切り札となる技術の実用化を目指し、03年ベンチャーを設立した。ベ社は新技術で作った新薬候補1種類の開発・製品化の独占権に5500万ユーロの値をつけた。開発段階に応じて一部ずつ支払われ、製品化段階で全額を得る。

日本の大学発ベンチャーは約1800社(08年度)あるが、多くは経営状態が厳しく、これほど巨額の契約は初めて。高田教授は「外部資金は研究の実用化に向けて大きな力になる」と話す。

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03年10月に施行された国立大学法人法で、「研究成果の活用促進」が大学の業務に盛り込まれた。教員の発明から生まれた特許を大学に帰属させたり、公務員でなくなった教員が企業役員を兼業することも可能になった。

国からの交付金が減り続ける国立大にとって、企業や自治体からの研究費は魅力だ。産学官連携の実績が国の評価に取り入れられたこともあり、各大学は産学官連携に奔走。国立大の外部との共同研究や受託研究の受け入れ額は伸び続け、08年度には計約1700億円と法人化前(03年度)の2倍に膨らんだ。

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一方でトラブルも起きている。鹿児島県いちき串木野市は09年2月、吉川邦夫・東京工業大教授や東工大発ベンチャーなどを相手取り、9億8345万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。訴状などによると、合併前の旧市来町が04年、吉川教授の考案した技術を導入し、ごみ焼却の際に発生するガスで発電する施設を建設した。ところが、計画通りの発電ができず、施設は08年末に停止した。

木場信人副市長は「(実用に向けた)実証はできているという説明だった。小さな町がリスクの大きな実証施設など造るはずがない」と主張。吉川教授は「『運転しながら実証したい。フル性能を発揮するまでに3年かかる』と説明した」と、言い分は真っ向から対立している。

大学にとって甘いみつにも落とし穴にもなる産学官連携。菊本虔(ひとし)・筑波大名誉教授は「訴訟は氷山の一角。件数を増やすため、大学との共同研究の経験が浅い相手まで手を伸ばせば、トラブルも増える」と指摘する。

国内では、まれな成功例として注目を集める高田教授も、ときに頭をよぎることがある。「法人化以後、基礎研究がやせ始めた。すぐ役に立つとか金になることが評価される風潮が、本当に日本の科学技術にとってよいことなのだろうか」=つづく