『毎日新聞』2010年3月15日付

大学大競争:国立大法人化の功罪/1(その1) 寄付集め、東大も本気


◇財源確保へ、基金増強

世界一高い電波塔を目指し、建設中の東京スカイツリーを望む東京大の本部棟(東京都文京区)。渉外本部職員の谷本知嘉子さん(30)の今の仕事は「東大に就職したときには想像もしなかった」内容だ。日々、卒業生名簿を見ながら電話を掛け、面会の約束を取り付ける。大学への寄付を依頼するためだ。

上司からは「週に5人会うのを目標に」とハッパをかけられる。だが、「実際に会えるのは10人に1人。会えても寄付してもらえるのはその一部。3勝7敗くらいかな」。東大病院の事務職員から学内公募に応じてこの部署に来て3年目。見知らぬ相手に電話を掛けるのは今でも緊張する。

東大は04年4月の法人化からわずか半年後、「東京大学基金」を設立した。2020年までに2000億円の基金を積み立て、基金の運用益を研究支援や施設整備などにあてる計画だ。

谷本さんは「交通費をかけて面会に行く以上、少ない寄付ではいけない」と心がける。そんなコスト意識も職員間に広がった。民間企業の役員経験を持ち、約20人の営業部隊を束ねる杉山健一副理事は「公務員時代では考えられなかった仕事だろう。だが、法人化した以上、必要な財源はできるだけ自前で調達したい」と意気込む。

   ■   ■

国立大の財務環境は、法人化で一変した。国からの予算を学内で配れば事足りた以前とは違い、自ら収入を確保することが各大学の最重要課題となった。

法人化後の収入の柱は、国からの運営費交付金、授業料、企業などからの受託研究費など。だが、運営費交付金は毎年1%程度削減され、企業からの研究費は景気に左右されやすい。東大は欧米の有力大にならい、安定した独自財源として基金の運用益に着目。これまでに集めた寄付は約400億円に達する。

豊富な寄付を元手に施設整備も進む。東大の代名詞、赤門の南側では大手スーパー「イトーヨーカ堂」の創業者、伊藤雅俊氏夫妻からの寄付45億円で新たな研究センターの工事が始まるなど、構内はちょっとした建設ラッシュにわいている。

   ■   ■

東大は運営費交付金や外部資金の獲得額で群を抜き、2000億円を超える年間収入を誇る。最近は大半の国立大が同様の基金を持つが、金額は東大の足元にも及ばない。昨年基金を設置した大阪大が集めた寄付は約1億5000万円。「東大は規模が違う。大阪まで足を延ばしている」と阪大担当者は舌を巻く。

東大の「2000億円基金」は国内では圧倒的でも、世界では米ハーバード大約3兆円、米エール大約2兆円とけた違いだ。研究、教育、国際化の実績を総合評価した英タイムズ紙の教育誌による昨年の大学ランキングでは東大ですら22位。100位以内の日本の大学は6校だけだ。杉山副理事は「国内でふんぞり返っていられない。米ハーバード大や英オックスフォード大と競争しなきゃならないのだから」。法人化は、日本のトップに君臨してきた「巨人」さえも本気にさせた。

   ■   ■

国立大学法人化から6年。4月から第2期中期計画が始まる。戦後の高度成長を支えた多くの人材を輩出し、各地域の「知の拠点」を標ぼうしてきた国立大が、競争の大海にのみ込まれている。生き残りをかけてしのぎを削る国立大の現状と未来を探る。