『朝日新聞』2010年3月11日付

大学の世界ランキングを考える 横浜国立大学


大学では、世界のランキングが注目を集めている。経営面では、ランキングが上がれば海外から学生や教員を集めやすく、外部からの資金調達でも有利に働く。もっと肝心なのは、ランキングは大学の研究や教育のいくつかの断面を切り取り、利用のしかたによっては質の保証にもつながる。国際戦略の指標にもなる。大学同士が海外で交流する場合の相対的な物差しとなる可能性ももっている。

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横浜国立大学は、国際化戦略の一つとして、このランキングに注目し、10日には横浜市で、海外、日本の専門家を呼んで、シンポジウムを開き、ランキングの意味を考えた。世界の大学ランキングとして知られるのはタイムズ社(THE)だが、今年秋からは方針を切り替えてトムソン・ロイター社の提供するデータを使うことになった。ほかにも上海交通大学のランキングも注目を集めている。これらの関係者を招いてのシンポジウムは初めてといってもよく、新たな視点を提供するものとなった。

シンポジウム「大学の世界ランキングを考える」に招かれ、講演したパネリストは次のような人たち。

米澤彰純・東北大学准教授▽Cybermetrics研究所(スペイン)所長のIsidro・Aguillo氏▽上海交通大学高等教育研究院世界一流大学研究中心執行主任の程瑩氏▽香港城市大学シニアコーディネーターのKevin・Downing氏▽トムソン・ロイター学術情報ソリューション統括マネージャーの渡辺麻子氏。ほかにディスカッションには香港大学文学院副学院長の中野嘉子氏も加わった。

鈴木邦雄・横浜国大学長のあいさつでは、日本の大学も「国際化に向けて重い腰を上げ始めた。一方で、大学受験生や保護者には偏差値が重要とされるが、それでいいのか」と問題提起して、客観的な指標としてのランキングの意味を考えたいと述べた。

各氏の講演を聞いて、ほぼ共通していたのは、ランキングが大学の特徴や研究を測る有力な物差しになっているものの、ランキングのもとになる指標によっては変動があるなど、一つの側面を示したものにすぎないという点だった。

米澤氏の報告では、東北大学調査で、日本の国立大学の47.1%がランキングを意識していた。さまざまな機関の示すランキングの動向をみると、東大と京大以外では移動が激しい。たとえば、卒業生や教員がノーベル賞や数学のフィールズ賞を受けることがランキングの有力な指標になっていると、一度に受賞すれば一気に順位を上げるということになるという。日本の大学の特徴としては、学者の論文数が多いものの国際的なネットワーク力が弱いと指摘している。

国際的なネットワーク力に関連しては、Aguillo氏が具体的に、ランキングの際にはインターネットが重要な指標となっている現状を説明した。デジタルについての格差が大学間であり、北米の大学にWeb戦略があるのに対してヨーロッパの大学にはその意識が弱く、それがランキングにも現れていると話した。もちろん日本の大学も同様で、アジアのなかでは台湾の国立大学がWeb上で論文を公開しているのに、「日本の大学はまじめにとらえていない。情報をWebで公表すべき。それがランクの低い理由。リンク先も増やした方がいい」と強調した。

日本の大学の情報公開のあり方については、中央教育審議会などで議論されているが、まだ方向性が打ち出されていない。ランキングとは別に、社会や利害関係者への情報提供という意味で、日本は決定的に遅れていると受け止めた。

程瑩氏の説明では、上海交通大学のランキングが中国の国家戦略と結びついている内容を示唆していた。中国の繁栄と近代化のために世界水準の大学をつくる。その世界大学の定義は何か、中国の大学はどう位置づけられるかという視点でランキングを始めたという。ランキングの指標は6つある。「ノーベル、フィールズ賞を受賞した卒業生がいるか」「両賞を受けた教員がいるか」「論文引用の多い研究者がいるか」「ネイチャー、サイエンス誌への論文数」「両誌への引用数」「教員一人当たりのパフォーマンス」。ただ、結果的に、ランキングのための調査は研究中心で教育、社会貢献は入れにくく、大学の多様性は反映されていないと冷静にみている。04年からランキングの対象科目数も増やすなどしており、「かしこく使ってほしい」と訴えていた。

香港城市大学のDowning氏も、ランキングは検証可能な指標を使うべきで、本当に妥当性があるかどうか考えるべきと主張した。結局は大学自身の自立性が問われ、システムに完璧なものはないので、自己測定すべきだと提言した。また、トムソン・ロイターの渡辺麻子氏はランキングのもとになる情報によって見え方が違うので、そのまま大学の力だと判断すると誤解につながるとして、「ランキングは評価の要素の一つ、振り回されずにアピールの一つとして使ってほしい」と述べた。最後に、香港大学の中野嘉子氏は、日本の大学がランキングで低く出て香港の大学が高いのは国際性の指標によると指摘した。たとえば東大の教員の国際性は28ポイント、香港大は100ポイントとなっている。これは香港大の教員すべてが英語圏の大学院卒だから可能と説明している。ただ、だからといって日本の大学が英語に染まった教育や研究に走っていいのかというと話は別で、むしろランキングに振り回されない大学づくりが必要と話していた。

これらの講演や続いてのディスカッションで浮かび上がったのは、ランキングの現状として、英語圏で、研究中心の総合大学に有利に働くことだった。もちろん、さまざまな要素を指標として今後取り入れることになるはずだが、教育や社会貢献、学生支援などの面など大学の規模や役割にあった観点も取り入れないと、逆にランキングが一人歩きする危険性がある。ただ、日本では、入学の際に、偏差値が大きな絶対的な物差しのような扱い方をされているが、それを相対化するにも、進化させたランキングは有効になると思われる。

もちろん、そのためには、各氏とも指摘しているように、大学が海外も含めて積極的に情報を公開することが必要になる。それすらしないところは、透明性が保てず経営上もかなり厳しくなるとみられ、結果的に研究や教育も遅れをとるのは必至になるだろう。

今回の横浜国大の試みはきわめて有益だった。個別大学で世界を考えることが、国際化の一歩だという思いが強い。