『読売新聞』2010年2月21日付

女性研究者、採用率伸びず…文科省の支援は掛け声倒れ
教授会 男性多いのも一因


文部科学省は、女性研究者の支援に力を入れているが、研究現場に占める女性の割合はあまり増えていない。

狙った成果があがっていないのは、なぜか。

東京農工大学の大津直子助教(34)は、植物の生育に欠かせない硫黄が、化合物から供給される仕組みの解明に挑む。植物から遺伝子などを取り出す作業には細心の注意が必要で、時間もかかる。だが、2人の子供を保育園に迎えに行くため、研究室にいられるのは午後5時まで。週2回訪れる研究支援員に、データ整理や実験の手伝いを頼んでいる。

文科省は今年度、理学、工学、農学の3分野で、女性研究者の人件費や研究費を補助する事業を始めた。農工大など5大学で支援対象となる研究者が公募され、選ばれた大津さんは、昨年10月に着任した。

新事業実施の背景には、第3期科学技術基本計画(2006〜10年度)に記された女性研究者採用目標に、保健系を除く3分野で到達していない現状がある。研究者に占める女性比率も、05年度の11・9%から13・0%に上がったものの、先進国では最低レベルだ。

大津さんは、理化学研究所で3年任期の研究職に就いていたが、「育児しながら短期間で結果を出すのは厳しい」と感じていた。任期がなく、博士の支援員がつく仕組みは心強いという。

九州大学には170人の女性が応募し、10人を採用。研究戦略企画室の上瀧(じょうたき)恵里子准教授は「大学院工学研究院は、女性准教授が1人いるだけだったが、教授2人、准教授2人になった。雰囲気も学生に与える影響も変わる」と期待する。

ただ、5大学で教授を採用したのは九大だけで、多かったのは助教。京都大学は性別不問で公募を行ったためか、女性8人の採用を予定していたのに、2人にとどまっている。

女性研究者を優遇することに、昨年の行政刷新会議の「事業仕分け」で批判も出た。中村桂子JT生命誌研究館長は「女性の数だけを問題にし、お金で誘導するのはおかしい。女性が働き続けるのに必要な現場の要望を聞き、特に出産・育児期の支援を柔軟に整備することが重要だ」と言う。

しかし、環境が整えば自然に女性が増えるわけでもなさそうだ。育児支援を中心とした文科省の環境整備事業に、45大学・研究機関が参加したが、3年間の事業期間を終えた10大学の女性教員数の伸びは約15%。全大学平均の約12%と比べて少し高い程度だ。

「育児との両立に悩んで辞める例が減り、育児休暇取得者や2人目を出産する人も出始めた」(田中真美・東北大学教授)と一定の効果は認められるものの、「人事を行う学部など各部局の教授会は男性が圧倒的多数を占め、女性を積極採用しようという意識にならない」(都河明子・東京大学男女共同参画オフィス特任教授)との指摘も多い。

早稲田大学は、部局に事業の趣旨が浸透せず、体制作りが進まなかったとして、事業を終えた10大学でただ1校、文科省から最低の「C」評価を受けた。棚村政行・早大女性研究者支援総合研究所所長は、「大規模な大学は縦割りで、人事権も部局にある。女性を採ると予算が増えるなどのメリットを与えないと、意識は変わらず、女性比率も上がりにくい」と悩む。

農工大のように博士号を持つ支援員を紹介できるのは、首都圏の大学・研究機関に限られる。地方では、ハローワークや口コミで適任者を探しても、なかなか見つからない。

国の補助が終わった後、大学が独自の予算で支援や環境整備を続けられるのか。課題はつきない。(滝田恭子)

環境整備事業 06年度に始まった。離職者の多い出産・育児期の女性の負担軽減が主な目的。大学・研究機関を対象に、1機関あたり3年間で計約1億2000万円を助成する。研究支援員を配置したり、研究室とテレビ会議でつないで在宅勤務を可能にしたりする取り組みなどを補助する。

賞選考・論文審査でも不利?

物理学の賞を女性が受賞できるかは、審査委員の性別にも影響されるとの報告が、昨年6月、米物理学会誌に掲載された。1997年〜2009年に同学会が賞(男女共通)を授与した464人と、審査委員会の構成を調べたもの。女性の受賞率は委員全員が男性の場合3・3%で、女性委員が1人でも入ると5・6%に上がった。審査委員長が男性の場合は3・6%で、女性委員長では9・5%だった。

英国のある生態学論文誌は、01年に投稿者を匿名にし、性別を明かさずに専門家に査読してもらう仕組みに変えた。97〜2000年に女性の論文が採用される割合は23・7%だったのに、02年〜05年には31・6%に上昇したという。