『産経新聞』2010年2月12日付

新たな産学連携模索 東北大院にIT拠点 下請け体質脱却へ


地元のIT系企業に下請け体質からの脱却を促すため、東北大(仙台市)は大学院電気情報系研究室の「知能」と地元企業の「技能」を結集し、自動車や情報通信などの分野で最先端の研究開発に乗り出す。拠点となるのが、15日に開設される「情報知能システム(IIS)研究センター」。民間から特任教授を採用し、研究室の専門分野と企業の技術を引き合わせる。「研究成果を迅速に試作品開発に生かし、他地域との差別化を図りたい」。果たして、業界の起爆剤になり得るか。(伊藤真呂武)

2367億5600万円、1.5%。

経済産業省の平成20年の統計で、IT産業の東北6県の年間売上高と、全国に占める割合である。宮城県単独では1386億6200万円、0.9%に過ぎない。国内総生産ベースで見れば、東北6県で6〜7%程度あってもおかしくないというのが県内の関係者のジレンマになっている。

問題点ははっきりしている。宮城県では同業者間取引が売上高の25.2%を占め、全国平均の17.4%を大きく上回る。地元企業が自社製品を持たないため、3大都市圏にある大手企業の製造下請け、孫請けに甘んじていることの表れだ。

仙台市内のベンチャー企業の経営者は苦笑いを浮かべる。

「例えば、携帯電話の部品でも、その部品がどんな機能を持っているか分からないままに製造している。ある工場で人手が足りないと言われれば従業員を派遣し、部品の製造だけを繰り返している。それでは新たな技術は身に付かず、結局、下請け、孫請け体質から抜け出すことはできない」

企業の魅力が乏しいため、優秀なIT技術者が3大都市圏に流出してしまう悪循環に陥っていた。

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一方で、大手企業にとっては、「知能」が集積された東北大大学院の電気情報系研究室は魅力的な存在。これまでも独自のパイプを使い、共同研究を行ってきたが、企業側のニーズと大学側の専門分野がうまく結びつかなかったり、研究結果を短時間で製品化できなかったりする課題が持ち上がっていた。

くしくも、宮城県では、トヨタ自動車の子会社「セントラル自動車」の新工場が平成23年1月に操業を控えるなど、企業誘致が活発化。製造だけでなく研究開発にも参入したい地元企業と、それを後押しして地域活性化を狙う仙台市が東北大大学院に働きかけ、IIS研究センターの開設にこぎつけた。

手始めに、大学院の研究結果を元に、地元企業が実際の製品に近い試作品の設計、開発を請け負うモデルを構築。将来的には、地元企業が自社製品を開発し、大手企業への販売を目指す。各研究室は地元企業の若手技術者を研究員などの形で受け入れ、直接、技術指導することも視野に入れる。

センターの関係者は「研究で理論が正しいことを証明できても、すぐに製品化できるわけではない。試作品を迅速に提示できれば、地元企業の実績になり、大手企業の信頼につながる」と期待を込める。

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センター成功の鍵を握るのが、民間から採用される3人の特任教授。地元企業の技術を事細かに把握し、関連しそうな専門分野の研究室との間を取り持つ能力が欠かせない。国から研究費用の補助を引き出したり、研究室と地元企業をセットで大手企業に売り込んだりする「営業担当」の役割も担う。

経産省の20年の統計では、県内のIT系企業は261社。当面は、一定水準の技術を持った10社前後を軸に連携を模索していく。

すでに、情報科学研究科の研究室が地元企業3社と組んで、画像処理技術を使ったソフトウエアの開発に着手。携帯電話の生体認証や自動車の製造工程の自動化などに応用が期待でき、具体的に大手企業との協議も始まっているという。

地元企業には生き残るための明確なビジョンが求められる。地元企業から採用される特任教授の一人が力説する。

「これまで地元企業の経営者は『何か仕事はありますか』『何でもやります』という受け身の姿勢が目立っていた。昨今の不況もあり、大手企業側に一から技術を教えている余裕はなく、それでは仕事はもらえない。『これができます』といえるものがないとダメだ」

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■IIS研究センター

センター長には、液晶ディスプレーの第一人者として知られる工学研究科の内田龍男教授が就任する。

工学研究科のほか、情報科学研究科、電気通信研究所の80以上の研究室が参画する。専門分野は、画像処理や情報通信、ロボット工学、電気エネルギーシステム、医工学など多岐に渡る。

仙台市は、特任教授3人分の人件費など運営経費として、3年間で約1億円を補助し、事務手続きなどを担当する職員も派遣する。東北経済産業局や宮城県もバックアップする。