『毎日新聞』北海道版2010年1月9日付

新春インタビュー:/4 旭川医科大学長・吉田晃敏さん


■地方の医師不足対策

北海道の地域医療は、広大な面積や過疎化、過酷な冬に加え、医師不足や医療費削減、公立病院の経営悪化−−と課題が山積している。打開策の一つとして旭川医大の吉田晃敏学長(57)は遠隔医療の拡充を挙げ、その革新的な取り組みは国内外から注目されている。同大初の生え抜き学長は学内改革にも着手し、決して恵まれた条件下ではないものの、「ピンチは大きなチャンス」と地域医療の再生に挑む。【聞き手・写真、横田信行】

◇遠隔医療が国家プロジェクトに−−吉田晃敏さん(57)

−−道内の地域医療の喫緊の課題は

◆医師不足に尽きます。過疎の自治体だけでなく、地方の主要都市も医師がいなくなり始めています。旭川でさえ、基幹病院で医師が確保できず診療科の休止が現実の話になっています。

元凶は04年度に始まった新卒医師の臨床研修制度です。2年間の研修を義務付け、研修先を自由に選べるようになり、新卒医師が条件のいい大都市に集中し、地方に戻らなくなりました。道内も新制度前は母校の病院に7割以上在籍したのに、今は4割程度です。

このため、各診療科を下支えする研修医が減り大学病院は地域の病院に派遣していた中堅医師を戻さざるを得ず、現場の崩壊が進みました。大学教員も診療の比重が増え、研究分野で国際競争力が低下するなど負の連鎖です。抜本的な制度改正を国に提言しています。

−−旭川医大はどう対処していますか

◆学長に就任した07年の卒業生で母校に残ったのは95人中わずか10人。03年の5分の1という非常事態で、大学中が元気を失っていました。ただ、1期生である私は学内を熟知し、改革すべき点は見えていました。

まず、地道に地域医療の担い手を増やす入試改革を始めました。08年度に道東・道北出身で将来、その地域の医療に貢献する学生を対象にした地域枠10人を設定。今年度からは全国初の試みで定員102人の半数を道内の高校から入学させる制度を創設し、今年度の入試では合格者の71%を道内で占めました。また、体育館や基礎臨床研究棟など施設を改修し充実させました。

国立大の病院経営は厳しく、医師の給与は私大や一般の病院に比べて著しく低いです。特に研修医は厳しく、卒業後1、2年目の研修医に資金を支給し研修に専念できるようにしました。3年目以降には、さらに道職員としての採用枠を設け、水準以上の待遇のポストを確保しました。おかげで今年の卒業生は35人が残ります。

−−大学の代名詞となっている遠隔医療は医師不足とどう関係しますか

◆現場に一人前の医師を配置するには10年以上かかります。医師不足による医療格差の解消は待ったなしで、医師が増えないなら、増やさずにできる工夫をするしかありません。そこで考え出したのが遠隔医療です。

米ハーバード大留学で学んだ「カルテは患者のもの。患者が動くのではなく情報を動かす」という哲学が基本にあります。病院間などを光ファイバーや衛星回線で結び専門医が動画と音声で診療や手術を支援します。どこでも最高水準の医療が受けられます。94年から世界に先駆けシステム構築に取り組み、99年には学内に全国初の遠隔医療センターを開設。実施実績は国内47施設、海外4施設に広がりました。

−−歩みは順調でしたか

◆前例がなく困難は多かったです。まず鮮明な動画の転送に不可欠な通信インフラの整備促進を国に働きかけました。企業を説得し専門の機器も開発しました。留学から旭川に戻った後、私は患者の家族に手術を公開するなど、患者本位の「開かれた医療」を実践してきましたが、国内の医療機関は依然、検査・診断結果などのやり取りに消極的だったので、意識改革の啓発も進めました。患者宅、地域の病院、大学病院を結ぶ、切れ目のない医療支援ネットワークづくりも進行中です。

−−注目度は上がる一方ですね

◆遠隔医療で患者や家族の肉体的・経済的負担が減り、早期退院も可能になります。患者が集中していた基幹病院は本来の高度な医療に時間をかけられます。地域の病院には患者が戻り、収入増が見込めます。道東・道北9病院の遠隔医療による経済効果の試算は医師の移動・宿泊費節減などで眼科で年間13億6000万円、放射線科で18億6000万円でした。

道東・道北の5病院では「専門医の遠隔医療を受けたいか」との質問に「受けたい」が6割以上で患者も求めています。

−−昨年、情報通信の発展への貢献で「情報通信月間」総務大臣表彰を受けられました。医療界からは異例です

◆当初、医療とICT(情報通信技術)の融合に着目する医師はおらず国の支援もなく、遠隔医療は診療行為とみなされませんでした。それが認められ、国家プロジェクトにまでなりました。時代が動いていることを実感し感慨深いです。

原口一博総務相は昨年12月、ICT活用で持続的な社会の実現を目指す「ICT維新ビジョン」を発表しました。遠隔医療はこれに合致し、国は雇用創出、移動減少による二酸化炭素の排出量削減という新たな視点でも注目しています。時は今です。=つづく

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◇インタビュー後記

数多くの大学で学長を取材してきたが、これほど現場へのこだわりを感じたことはなかった。だからこそ遠隔医療の発想も生まれたのだろう。今も眼科医として付属病院で外来診療を続け、難度の高い硝子体手術を年間200件以上こなす第一人者であり続ける。国立大有数の若い学長であり、その取り組みには躍動感があふれる。「大学改革はチェンジ(変革)ではなく、不断のチャレンジ(挑戦)。必要とされているのはパッション(熱情)だ」。地域医療を救うのも、この言葉通りだと感じた。遠隔医療がもたらす明るい未来を信じたくなった。

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■人物略歴

◇よしだ・あきとし

札幌市生まれ。米ハーバード大留学などを経て、92年に旭川医大教授、07年に55歳の若さで学長に就任。遠隔医療の第一人者。国立大学協会では付属病院の経営改善を検討する病院経営小委員会委員長。大の巨人ファンで大学の野球部長も務める。