『西日本新聞』2009年12月29日付

学力格差<31>大学は今−番外編 九大・若手研究者座談会 九大教授陣の展望は


新政権の事業仕分けで関連予算が議題に上るなど、その在り方が問い直された科学技術立国ニッポン。人材育成や基礎研究で重要な役割を担う大学もまた、揺さぶられた。国の財政難と厳しい経済情勢の下、転換点を迎えた大学は今−。国による若手研究者育成事業「グローバルCOE」の拠点となっている九州大で、「ポスドク」や教授陣の声を聞いた。

■九大・若手研究者座談会 予算「削減」論議に動揺 生活苦で進学断念も

《ポスドクは、博士課程を修了した研究員を指すポストドクターの略。事業仕分けでは、スーパーコンピューターなど先端研究の陰に隠れる形となったが、グローバルCOE事業費も見直しを迫られた。“標的”となった若手研究者5人に、座談会形式で現状と課題を語ってもらった》

−単年か数年の契約で在籍し、自身の研究や教授の支援、学生の指導も担うポスドク。その日常は。

特任助教Aさん 月曜から土曜まで、朝から午後8時ごろまで実験。日曜は疲れて何もしたくない。

修士課程4年Bさん 毎日深夜まで研究し、徹夜も。動物を扱っているので日曜も研究室に行く。

博士課程後期2年Cさん 大学の特別研究員として採用され、月20万円の生活費を助成してもらっているが、将来が見えない。

研究員Dさん 文系の優秀な修士生は就職してしまう。奨学金の返済に500万―600万円が必要だから。10人に1人ほどしか博士課程に進まず、生活苦で辞める人もいる。

《事業仕分けでは、グローバルCOEなど大学院向け支援2事業(概算要求額計365億円)を「3分の1程度縮減」と判定。「拠点数が多すぎる」「若手研究者の生活支援、雇用対策にしかなっていない」などと指摘された》

−助成費を「生活保護」と呼ぶ仕分け人もいた。どう受け止めたか。

A 米国では、若手でも500万円の予算がつくケースはいくらでもある。日本はせいぜい100万円。さらに減らされては…。ポスドクは教授と学生の間のクッション役で、学生に知識を与えることもある。重要な存在だが、日本では軽視されている。

B 海外では認識が違う。ポスドクは研究技術を磨く時間。教授の研究も実際はポスドクや学生が担っている。日本だと、若手では国の科学研究費補助金(科研費)も十分に取れない。予算配分に偏りがあり、メスの入れようがある。

特任助教Eさん 北米の大学で修士号と博士号を取得したが、学費を払ったことがない。それどころか給料をもらっていた。「つなぎ」ではなく「職業」としてやっていた。

D ポスドクは博士号を持つ研究者。人材交流を広げ、一人前の研究者に育つ大切な時期なのに。

《25日発表の来年度予算政府案で、大学院向け2事業は概算要求額から約2割削減された(計287億円)。有識者から「若手研究者の雇用環境が厳しい」などの指摘が相次ぎ、削減の幅は縮まったものの、事業仕分けに沿う形となった》

−国の財政は厳しくなるばかりで、大学の研究費が潤沢になる見通しは立たない。今後の不安や希望は。

A 科研費が著名な教授に集中し、若手には十分に配分されない。もっと予算を回してほしい。

B こぢんまりした研究を短期間でまとめて成果を小出しにする風潮がある。競争に負けて脱落する人の受け皿が少なすぎる。研究職で1年更新の任期付きが増えるのは怖い。キャリアを積もうと考えていたが、今は民間企業への就職も含めて考えている。

C 教授に資金面も支援してもらっている。将来は海外でスキルを磨き、日本に戻って還元したい。

E 樹木がテーマの研究なので実験に時間がかかるが、短期間で実績が出せる計画を組まないといけない。長期的戦略での資金が必要だ。女性研究者からは「いつ子どもを産んでいいかタイミングが分からない」との声も聞く。研究者のライフスタイルに応じた雇用形態を大学が持つ意味でも、ポスドクのような柔軟な役割も必要だろう。

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■九大教授陣の展望は 「多様性ある人材集めて」「市民の共感得る努力を」

次代を担う研究者をいかに育て、国際競争を生き抜くか。グローバルCOE事業に携わる九大の教授陣に展望を聞くと「長期的戦略が必要」と声をそろえた。

3日、同事業を担当する全国の大学教員有志が、事業仕分けを「認識不足」として緊急声明を発表した。名を連ねた永島英夫・先導物質化学研究所長は「財源探しと、長期的視点での人材育成戦略を一緒にしてはいけない」と批判する。

結局、政府予算案では科学技術全体で本年度予算比3・3%減。国の財政事情によっては「聖域」にならないという現実を突き付けられ、危機感は高まる。

システム生命科学府の巌佐庸教授は「科学は成果が見えるまで25年かかり、ある程度の投資が必要」と指摘。工学府の君塚信夫教授も「科学技術への投資は次世代が恩恵を受ける。すぐに役立つ研究でないと申請が通らないような予算額では、世界が認める研究はできない」と懸念する。

一方、大学側も課題を内在する。システム生命科学府の藤木幸夫教授は、「将来が見えない」と漏らすポスドクや大学院生に対し、専門的であるが故に職業教育がおろそかになっている面もあるとして「博士号取得後の出口で、生活保障できる体系的なプログラムも必要」と提言する。

また、研究成果が見えにくいとの指摘は、事業仕分けを待たず、以前からあった。永島所長も「われわれも市民の共感を得る努力が不足していた。研究の多様な価値観を伝えきれていなかった」と自省する。

資源に乏しい科学技術立国にとって人材は宝。そうした中、世界を相手に戦うのに欠かせない視点として、若山正人・数理学研究院長は「多様性」を挙げる。「山と同じで、すそ野を広げなければ飛び抜けた人材は出てこない。トップレベルだけでなく、多様性のある人材を集めなければ」

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▼グローバルCOE 

世界最高水準の大学の教育研究拠点づくりを目指す文部科学省の事業。本年度までに全国で140拠点が採択された。国際競争力を高め、博士課程の大学院生や博士号を取得した研究者(ポスドク)、若手教員を支援して育成につなげるのが狙い。九州では10拠点が採択され、九大が半数を占める。長崎大の「放射線健康リスク制御国際戦略拠点」、熊本大の「エイズ制圧」なども選ばれている。採択されると年間5千万―5億円の補助金が5年間交付される。

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