『読売新聞』2009年12月21日付

科学技術振興こそ重要…大阪大医学系研究科長・平野俊夫教授


政府の行政刷新会議の事業仕分けによる科学技術予算の削減を巡っては、「科学の発展を停滞させる」など研究者らから懸念する声が相次いだ。大阪大医学系研究科長の平野俊夫教授=写真=が本紙に意見を寄せた。

「鳩山首相は科学研究費に対する予算は増やすと明言した。しかし、行政刷新会議で科学研究費の予算が減額され、大学の運営交付金の見直しが提言された」。英国の科学誌ネイチャーは、11月19日号で日本の科学技術予算の大幅カットを大々的に報じた。

仕分け作業をおこなう委員は、経済学者、経済アナリスト、産業界関係者や各方面の代表者であり、学識経験者は数名。質問に答える側にも学識経験者はおらず、まことに不思議な光景である。その結論がどの程度責任ある判断に基づくかは疑問だ。予算編成が透明化されたことは評価できるが、理念がなければ、どのようなシステムを導入しても大同小異といえる。

科学研究費制度は、簡素化する一方で、基礎研究のための自由な予算を増やす必要がある。科学技術行政は複数の省庁が関与しており、このことから生じる縦割り行政の弊害もある。制度改革はすべきだが、科学研究費や教育費の総額は減らすのではなく、国力に相当するレベルまで引き上げるべきだ。

日本は今後も学術や教育を大事にしていかなければならない。環境、福祉など、どれ一つをとっても科学の発展なくして根本的な問題解決には至らない。国力に相当する基礎科学や科学技術を振興すべきであり、次代を担う若者を育成することこそが日本が生きていく道である。

日本の科学研究予算は米国に次ぎ世界2位だが、国内総生産(GDP)に占める政府負担は0・64%だ。これは米国の2・68%や、フランス(0・8%)、韓国(0・78%)に劣る。2000年を100とした場合、2007年の日本の科学研究費は107だが、中国、韓国、アメリカはそれぞれ436、289、185だ。高等教育費はOECD加盟国において28位である。大学の運営交付金を毎年1%減額するという現在の施策は大学教育の破綻(はたん)を招くであろう。

箱ものから人への投資に舵(かじ)を大きく切るという方向性は大いに評価できる。鳩山首相は教育や学術、そして科学技術推進の重要さをもっと認識し、未来への希望を国民に与えてほしい。日本が持続的に今後も発展していくためには、100年先を見据えたすそ野の広い基礎科学の振興が重要であるということをもっと認識してもらいたい。若者に科学への興味を引き立て、日本の将来に大きな夢を与えてほしい。「国家100年の計は教育にあり」という言葉がある。教育や基礎科学を軽視する国には将来などありえない。



ひらの・としお 1972年大阪大医学部卒。熊本大助教授、大阪大助教授を経て89年、同大学教授。2008年から医学系研究科長を務める。専門は免疫学。09年、スウェーデン王立科学アカデミーが選考する国際賞「クラフォード賞」受賞。62歳。