『毎日新聞』2009年12月8日付

事業仕分けの波紋:どうする科学技術予算/下 若手や女性に打撃、埋没する人材育成


◇国民との乖離認識、新たな動きも

科学技術予算の削減が相次いだ行政刷新会議の事業仕分け。閣僚からも「復活」の声が上がる次世代スーパーコンピューターなどの陰で、若手や女性の研究者を支援する「目立たない」事業は埋没気味だ。「コンクリートから人へ」をスローガンに掲げる民主党政権はどう判断するのか。一方、科学界では仕分けの指摘を受け止め、社会との関係を見つめ直す動きも出てきた。【西川拓、高木昭午、永山悦子】

さまざまな突然変異を持つマウス、再生医療への応用が期待されるヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)、植物実験に広く用いられるシロイヌナズナ……。

理化学研究所バイオリソースセンター(茨城県つくば市)は2日、生命科学の実験に不可欠なこれらの試料をずらりと並べ、川端達夫文部科学相の視察を待ち受けた。センターは実験に使う動植物や細胞などを収集・保存し、国内外の研究者に有償で提供している。仕分けで、国からの運営費交付金(年間約30億円)の「3分の1程度縮減」を求められた。

■値上げは国の負担

センターによると、約15億円は人件費などの固定費で削減が難しい。判定通りなら残る15億円の事業費を5億円に減らすしかないという。「受精卵を含めマウスだけで約3900系統を飼育・保存しているが、約2600系統が犠牲になる。生物の系統は途絶えたら復元できない」と小幡裕一センター長は嘆く。

08年度の提供件数は約1万3000件、提供料収入は約1億2000万円。仕分けでは提供料値上げも求められた。だが提供先の3分の2は国内の非営利の研究機関だ。「多くは政府の研究費から出ており、値上げは結局、国の負担になる。払えずに研究が滞る機関も出るだろう」と小幡さん。実験材料の提供は国内外で料金に差をつけないのが国際慣習で、海外向けだけの値上げも難しいという。

川端文科相は「地味だが、科学技術を進める時の共通的なインフラ」と評価したが、予算復活については言及を避けた。

■「狙い撃ちされた」

「この資金のおかげで、アルバイトせずに研究に没頭できている。海外の学会で発表したり、一流科学誌に論文が掲載されるなど効果も上がっている」

先進的な大学院教育を目指す研究資金「グローバルCOE」(来年度要求額341億円)の事業継続を求め、1日、東京都内で開かれた記者会見で、ある若手研究者が訴えた。仕分けでは対象が広すぎることなどを理由に「3分の1縮減」と判定された。

柳田敏雄・大阪大教授は「先端研究の現場を支えているのは、大学院生や若手研究者だ。彼らへの投資で、科学技術のつぼみが膨らみ、花が開く。将来の有用な人材を育成する欠かせない事業だ」と話す。

女性研究者の支援や雇用増加を図る事業(同30億円)も削減を求められた。都河明子・東京大特任教授は「科学技術立国の維持には、多様な人材を生かさなければならないはずだ」と反論する。

こうした事業が厳しい判定を受けたことについて、「従来の施策との整合性があまりにもない。大物研究者がかかわっていない事業が狙い撃ちされた」と漏らす文科省幹部もいる。

■横の連携を模索

「国民の8割が仕分けを支持した。私たち科学者が国民と乖離(かいり)しているのではないか」「説明責任において努力が足りなかった」

日本化学会、物理学会、機械学会など理工系の主要19学会は4日、仕分け判定を受けたパネル討論を東京大学で開いた。壇上に並ぶ各学会の会長らからは「反省」の言葉が聞かれた。呼びかけた岩沢康裕・日本学術会議第三部部長は「研究者の横の連携で新しい仕組みを作りたい」と話す。

研究分野や立場、年代を超えたネットワーク作りを目指す動きも広がっている。

6日には東京都内で「ノーベル賞受賞者じゃない研究者の緊急討論会」が開かれた。物理学や生物学、文化人類学などさまざまな分野の研究者や企業人ら約40人が集まり、今後の科学界が目指すべき道を議論した。「仕分け以前に、学問や研究が必要だと社会にきちんと提示できなければいけない」「まず金の使い方を自分たちで見直すべきだ」などの声が目立った。

企画した病理医で科学技術政策ウオッチャーの榎木英介さん(38)は、仕分け後にノーベル賞学者や学会などから出された声明に違和感を持ったという。「『自分のところの研究が大事だから予算を』というだけでは、国民からは『あれもこれも欲しがっている』としか見えない。まず指摘を受け止め、自ら改善する中で科学や研究の意義を語る自主的な組織が必要だと思った」と動機を語る。

ネットワークで「我田引水でない主張」を模索し、政策提言や社会への情報発信につなげるという。