『東京新聞』2009年12月1日付

悲鳴上げる研究者 仕分けで減る科学予算


行政刷新会議の事業仕分けで、科学技術関連予算について廃止や削減など厳しい判定が相次いだ。ノーベル賞受賞者をはじめ大学など科学界は反発。政府は専門家の意見も踏まえて政治判断する構えだが、長期的な戦略は示されず、財源問題も立ちはだかる。工学博士号を持つ鳩山由紀夫首相の「理系内閣」は、初の予算編成でどんな判断を下すのか。決着までには曲折も予想される。 (榊原智康)

「あらゆる科学の分野から悲鳴が上がっている。日本という国がぶっつぶされようとしている」−。

十一月二十七日夜、ジャーナリストの立花隆氏は、自然科学研究機構など大学共同利用機関のトップらとともに東京大で開いた会見で、痛烈に事業仕分けを批判した。大型研究プロジェクトに交付される「特別教育研究経費」が「縮減」となったことを問題視。「世界的に評価が高い国立天文台のすばる望遠鏡も止まってしまう」と憂えた。

事業仕分けでは前半で多くの科学技術関連事業が取り上げられ、次世代スーパーコンピューターなどの大型事業から、競争的研究資金や地域での産学官連携まで、ほとんどの項目で廃止や縮減との判定を受けた。

科学界から反発が起こった後の後半戦の仕分けでも、流れは止まらなかった。十一月二十五日には国立大学法人運営費交付金のうち、大学や大学共同利用機関の大型実験施設の運転経費にあてる特別教育研究経費も「他の予算との重複がある」と減額を求められた。

この経費は、すばる望遠鏡(ハワイ島)や東大のスーパーカミオカンデ(岐阜県飛騨市)、高エネルギー加速器研究機構の加速器「Bファクトリー」(茨城県つくば市)などの運営費を含む。ノーベル物理学賞受賞者の小林誠・同機構特別栄誉教授は「大規模プロジェクトを進める途中での削減は理解しかねる」と疑問を呈した。

「まったく中身に立ち入らないで結果だけ示された」と不満を漏らすのは、海洋研究開発機構・地球内部ダイナミクス領域の深尾良夫領域長。

地震や火山噴火の謎に迫る地球内部ダイナミクス研究は、探査船「ちきゅう」による「深海地球ドリリング計画」とセットで審査され、議論はちきゅうに集中。ダイナミクス研究への質問はほとんどなかったが、仕分け人は財務省の指摘をほぼ踏襲し「予算計上見送りか半減」とした。

同研究に参加する百二十人のうち八十五人が任期付きの研究員で予算の六割が人件費。仕分け通りになれば日本の地球科学が停滞するだけでなく、研究員の多くが職を失う恐れがあるという。

科学技術への政府投資は、前政権の下で作られた科学技術基本計画(二〇〇六〜一〇年度)で「五年間で二十五兆円」との目標があり、年々増え続けていた。事業仕分けは、聖域化されてきた科学技術分野に大なたを振るう結果となった。

科学技術予算は、事業仕分けとは別に政府の総合科学技術会議の評価も受ける。同会議は鳩山首相ら閣僚七人と有識者議員八人で構成。各省庁の主要事業に優先度をつける判定作業を現在進めている。政府は、二つの評価を参考に結論を出すことになる。

研究の意義や科学の重要性を叫び始めた研究者に対して、ここに至るまでの説明不足を指摘する声もある。

政策研究大学院大の角南篤准教授(科学技術政策)は事業仕分けについて「国民からの支持が高い調査結果を見ても、科学技術を別の視点から議論する面で一定の意義があった」と分析。さらに国が目指す「科学技術創造立国」が国民に浸透していなかったことを突きつけたとみる。

「これまでは専門家の間だけで議論しており、必要性について『言わずもがな』の面があった。国民が必要性を理解できる説明が求められている」と強調する。

ノーベル賞受賞者らによる会見で、江崎玲於奈氏もこう述べた。「これまで科学は問題なしに優遇されてきた。今回は大変な事態だが、われわれが考え直すチャンスでもある」

●記者のつぶやき

今回の科学技術をめぐる仕分けは「玉石混交」なのでは。しがらみで続いてきた事業をスパッと切ったものもあれば、ほぼ議論なしで結論した問題あるケースもあった。日本の科学をどうするのか、どこに力を入れるのか。予算編成で新政権のビジョンが問われる。