『朝日新聞』2009年11月30日付

留学生30万人計画の行方は…事業仕分けで「予算削減」


「留学生30万人計画」。福田内閣が提唱した、この計画の行方に大学関係者が気をもんでいる。鳩山由紀夫首相はアジアとの学生交流拡大に意欲的だが、民主党政権は留学生支援事業の一部を執行停止。事業仕分けでも予算削減を迫った。グローバルな留学生争奪戦が激化する中、予算問題だけでなく受け入れ態勢づくりの課題は多い。

■補正減額、寮建設宙に

「留学生の枠を広げても、優秀な人が来るとは限らない」

「30万人とか30とか、数字のかけ声はやめるべきだ」

今月25日。行政刷新会議の「事業仕分け」で、30万人計画の中核的施策の一つ「国際化拠点整備事業(グローバル30)」も俎上(そじょう)に上り、民間「仕分け人」から厳しい指摘が飛んだ。

グローバル30は名前の通り、留学生の受け入れ拠点となる30大学を選ぶもの。今年度からの事業で、文部科学省が7月、まず13大学を採択した。英語だけで学位が取れるコースの設置を課すほか、2020年までに2600人以上の留学生受け入れ、生活支援や就職支援の体制整備、海外での留学生の窓口設置、などを求めている。各大学には年2億〜4億円、5年間継続で助成金が交付される。

だが、仕分けで「こんなに使わないと基盤整備ができないのか」「大学の質が高ければ自然と人は来る」などの意見が出され、結局、予算縮減の評価になった。理由は「効果が不明」「大学の本来業務としてやるべきだ」と説明された。防戦となった文科省高等教育企画課は「国際化対応は大学の自助努力が基本だが、呼び水としての最初の支援は必要」。予算削減の公算が大きくなった来年度への対応には「1校あたりの交付額を減らしても採択校を増やすのか、今後検討する」と話した。

採択校13大学は27日、縮減の判断を見直すよう求める共同声明を発表した。

新政権でメスが入ったのは新年度予算だけではない。

福岡市郊外にある九州大の伊都キャンパス。整備中の10階建ての留学生宿舎の建設が、9月以降、宙に浮いた状態になっている。用地も取得し設計も進んでいたが、総事業費53億円が20億円に削られた。補正予算執行見直しで、文科省の留学生支援事業も対象になったからだ。

九大はグローバル30の採択校でもある。留学生は、今秋は約1700人と、1年前より200人も増えた。20年度に留学生を3900人に増やす構想もまとめている。9月入学者のうち100人が寮に入れず、大学側はアパートのあっせんに奔走した。臼杵純一・留学生課長は「宿舎の確保は留学生にとって大きな魅力で、優秀な人を呼ぶためには必須条件だ。あきらめず求め続けたい」と話す。

民主党はマニフェストなどで30万人計画に触れていない。鳩山首相は10月の日中韓サミットで、3国の大学間交流促進を合意。文科省は概算要求で、アジアからの留学生を受け入れる教育拠点への支援事業として新規に10億円を盛り込んだ。だが、新政権の見直しを受け、それ以外の30万人計画推進事業は、前年度と同額の要求に絞られた。

■国際競争に不安

日本への留学生計画を初めて明確に打ち出したのは、83年の中曽根内閣の「10万人計画」だ。当時の1万人程度から、20年かけて10万人を達成したものの、その後は伸び悩んでいる。30万人計画は、18歳人口の減少に加え、国際競争力強化の必要性から、福田内閣が立ち上げた。特に成長著しいアジアからの優秀な留学生獲得競争で、日本は欧米や豪州の大学から後れを取っている。

日本の大学が直接海外で学生集めに取り組む動きはグローバル30で緒に就いたばかりだ。

採択校の一つ、早稲田大の大野高裕・国際部長は「一番の悩みはお金で、予算削減は厳しい。だが、いずれ助成金はなくなる。大学の力を高めるために国際化は欠かせず、助成に頼らない仕組みを整えることも必要」と話す。

早大は、5学部と大学院の6研究科で英語コースを設け、11年度までに外国籍教員を26人採用する。海外での採用活動費などを含め人件費で助成金の大半が消える。13年に900人分の寮も建設する予定だ。そのほか、外国語文書の翻訳外注費や職員・教員の研修費負担も考えれば、助成金だけではとても賄えない。

文科省のまとめでは、英語の授業のみで卒業できる学部は5大学、大学院で68大学。国外の大学と共同でカリキュラムを作り学位授与で連携する「ダブル・ディグリー」を実施している大学も69大学(07年度)にとどまる。卒業後の受け入れ態勢も課題だ。日本学生支援機構によると、07年度の卒業・修了生の6割以上が日本で働くことを希望するが、就職率は35%にとどまっている。

日本学術振興会北京研究連絡センターの福西浩センター長は「今の30万人計画には具体案がない。このままでは国家戦略としてアジアでの交流拠点作りを進める欧米にさらに水をあけられる」と指摘する。30万人計画は昨年7月に6省庁が骨子をまとめたが、政府としてこれ以上詳細な計画を策定する予定はない。明治大国際日本学部の横田雅弘教授(異文化間教育学)は「今は留学生獲得競争の重要な局面で、首相の強い指導力が必要だ。中長期的な人材育成の理念を示してほしい」と期待する。(石川智也、見市紀世子)