『西日本新聞』社説 2009年11月26日付

科学技術振興 研究体制改革も忘れるな


初めから「世界一」になることが分かっていれば、誰も苦労はしない。目標を立て、未知なるものへ挑み続けるからこそ新しい発見があり、成果も上がる。

「世界一でないと駄目なのか」。行政刷新会議の「事業仕分け」では、この一言とともに次世代スーパーコンピューター(スパコン)開発予算が事実上「凍結」となったのをはじめ、科学技術振興関連予算が相次ぎ見直し対象になった。

開発中のスパコンは毎秒1京(1兆の1万倍)回という世界最速の計算速度を目指し、現実にはできない大規模な科学実験の模擬実験などに使う。米国では実際の核爆発を伴わない模擬実験などを通じて、保有する核兵器の信頼性や安全性を検証するためにも利用されている。

スパコンによる模擬実験は科学振興に欠かせないことから、開発凍結判定に対し、研究者や学会などが次々と反対を表明した。波紋の広がりを受け、菅直人副総理兼国家戦略相が予算維持の考えを示すなど、政府の対応も迷走している。

無駄を省き、効率的な予算執行を図る。この点に異存はない。大いに結構なことだ。だが、短い時間の中で費用対効果ばかりに目を奪われ、欧米に比べて貧弱な日本の研究体制の問題点など本質的な議論が乏しかったのは事実だろう。

スパコン論議が、科学技術振興のあり方が語られないまま進む予算削減の象徴と受け止められているのだ。

「科学技術立国」を掲げる日本だが、実情は実にお寒い状況である。

所管省庁の縦割りによる単年度が基本の予算支給のため、複数年度での運用や、研究者の裁量による人件費、施設整備費などへの使用が極めて難しい。

科学技術の研究は分野が多岐にわたるため、学際的なチームによる研究が不可欠だが、大学を含めた各研究機関の連携も十分とは言い難い。研究に対する事前事後の評価システムもないに等しい。

皮膚細胞などから心臓などの臓器や組織の再生が可能な新型万能細胞(iPS細胞)を世界に先駆けて開発した京都大の山中伸弥教授の場合、その後の研究では人的にも資金的にも層の厚い欧米勢に後れを取っている、との指摘もある。

こうした研究体制の見直しは急務である。研究者が自主的に施設整備などにも自由に使える研究者優先の支援制度として、前政権時代に創設された「先端研究助成基金」は、その一環だった。

結果的には政権交代のあおりを受け、2009年度補正予算見直しで、予算額が大幅に縮小されたが、趣旨そのものは最大限生かされるべきであろう。

これは一例だ。鳩山内閣には鳩山由紀夫首相や菅副総理など閣僚に理系出身者が並ぶ。日本の科学技術振興はどうあるべきか。その戦略が見えないままでは心もとない。科学技術政策全体の構築が必要であり、日進月歩の科学技術に挑む研究体制の改革も忘れてはならない。