『毎日新聞』2009年11月17日付

教育転換:政権交代の波/1 教員養成6年化


◇急激な変革、現場危惧

「教師になるのに6年かかると言われたら? やはりちゅうちょします」。早稲田大教育学部2年で教員志望の男子学生(20)は記者の質問に少し考えた後、そう答えた。群馬県内で小さなパン工場を営む実家の家計は苦しく、学費と生活費のすべてを奨学金と夜間の清掃アルバイトでまかなう。奨学金を返済し終えるのは卒業から20年後の予定だ。

男子学生は教員志望者らでつくる「T−team」という学内のサークルに所属している。採用1年目の若い女性教師の自殺を報じる新聞記事に衝撃を受けた学生たちが07年に設立した。週に2回、教師役と生徒役に分かれた模擬授業や勉強会を中心に活動している。民主党政権が掲げる教員養成の6年制化が実現すれば、自分のような境遇の学生が教員になりにくくなるのでは、と危惧(きぐ)する。

「今の状態で6年制にしたら教員希望者が激減して、教員養成大学や教育学部はやっていけなくなる」。10月29日に東京都内で開かれた国立大学協会のシンポジウム。不況で大学生の授業料減免や奨学金受給者が増加している実態を報告した北海道教育大の本間謙二学長は、シンポ後の取材にそう語った。06年度入学から6年制になった薬学部。志願者は私大で05年度の13万8000人が09年度約7万9000人と4割以上も減少した。

教員養成6年制化は、日本教職員組合が廃止・縮小を求めてきた教員免許更新制や全国学力・学習状況調査(学力テスト)などと異なり、これまで国会での論戦もなかった。唐突にも見えるが、党内では教育畑の若手・中堅議員らを中心に10年以上前から細々と検討が続いてきた。きっかけは教師の質の低下の社会問題化だった。

「大学や現場の先生と話し合う中で、4年間の教員養成や2週間の教育実習では対応できないという結論になった」。6年制化をいち早く提唱してきた藤村修衆院議員(60)が言う。民主党は07年、6年制化の法案を初めて国会に提案した。

07年度にうつ病などの精神疾患で休職した公立学校の教員は過去最多の4995人。東京都の小学校では2年目から5年目の若手が2割を占めた。現場経験もないまま教壇に立った若い教師が子供たちや保護者との対応で神経をすり減らし、追いつめられている。「T−team」の学生の間でも意見は分かれる。教育学部1年の女子学生(18)は「意欲のある先生ばかりになれば教育は良くなるはず」と期待する。

同サークルが今月8日、「激論! 教員養成課程」と題して開いた討論会。パネリストの一人で早大の付属高校で教える榎本隆之教諭(45)は民主党案を「今まで『エコノミークラス』しかなかったのに、一気に『ビジネスクラス』にシフトする変革だ」と例えた。そして続けた。「エコノミーもビジネスもファーストクラスもある。そんな多面的な仕組みを考えるべきではないか」=つづく

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民主党政権が発足して2カ月。新政権は新しい教育政策を次々と打ち出す。学びの場はどう変わろうとしているのか。大きなうねりの中にある教育現場から報告する。

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■ことば

◇教員養成6年化
政府は大学院の修士課程修了を教員免許取得の条件とし、現行2〜4週間程度の教育実習も1年程度に延長する方針。また、今年度始まった教員免許更新制の代わりに、採用後も一定年数を経た後に大学院などで学ばせる制度も検討している。