『東京新聞』2009年10月27日付

苦学生救う 無償の奨学金 『給付型ないのは日本だけ』


「子ども手当」「公立高校授業料無償化」の次に民主党政権が対応を求められているのが、大学・大学院などの学費を支援する奨学金だ。日本の制度はほとんどが「借金」。無償となる給付型奨学金制度への関心が高まっている。 (井上圭子)

◆卒業後に返済義務

「妹と弟がいて私だけにお金をかけられない」。東京都内の国立大学に自宅から通う四年生のA子さん(23)は、日本学生支援機構の有利子奨学金月五万円を受ける。アルバイト代と合わせ授業料など年約百万円を自分で払う。

町工場勤務の父親は不況で収入が減り、母親はパート勤務。現在は就職活動中でアルバイトができず授業料も滞納気味だ。卒業後は奨学金返済が待つ。返済額は高校時代分も合わせ四百万円を超す。「就職も決まらず卒業後の返済めども立たない。今すごく不安」

学費は高騰する一方だ。昨年の消費者物価は三十年前に比べ二・九倍の増加なのに、私立大学の授業料は五・六倍増、国立は四七・二倍に増えた。日本政策金融公庫の昨年調査によると、入学金や授業料に交通費など加えた教育費は、学生一人当たり四年間で国立大学五百七万六千円、私立大学だと七百三十五万八千円かかる。だが、奨学金の多くは貸与型、つまり借金だ。

全労連など労組九団体でつくる「奨学金の会」の西川治さんは「わずかにある民間の給付型奨学金はほぼ成績優秀者向け。働きながら学ぶ低所得層は勉強時間が限られ、最初から不利」と話す。

日本学生支援機構労働組合の岡村稔書記次長は「日本は困窮者ほど借金が膨らむ制度。世界中で給付型がないのは日本だけ」と指摘する。

◆教育投資、社会に利益

奨学金制度に詳しい東京大学大学総合教育研究センターの小林雅之教授(教育社会学)は「教育投資が個人の収益率を上げ、回り回って社会に利益をもたらすという考えから給付型の充実が世界の流れ」と話す。

「米国の大学は高授業料だが学生獲得のため奨学金制度も充実、国や大学などから手厚く給付される。英国では学生の三分の二が何らかの給付型奨学金を受給。フィンランドは大学院まで無償化し教育に力を入れた結果、失業率も医療費も減った」

◆早大、学芸大が導入

人材確保を狙い給付型を独自に導入する動きも出始めた。早稲田大学は昨年度、首都圏以外の学生五百人に年四十万円を四年間支給する「めざせ!都の西北奨学金」を創設した。入学前に募集し給付決定をする。経済的理由から受験を断念しないように配慮した。

東京学芸大学は二〇〇七年度に給付型奨学金制度を創設、東京大学は昨年度から、低所得家庭の学生に対し授業料を全額免除している。

先の総選挙のマニフェストで、自民党は新たな給付型奨学金の創設を盛り込んだ。一方、民主党は貸与型の充実が柱。来年度予算の概算要求でも、大学への授業料減免枠拡大を盛り込んだだけで、給付型創設などは検討課題のようだ。

経済協力開発機構(OECD)は先月、「学生一人が大学など高等教育を修了するには、約二万八千ドル(約二百六十万円)の奨学金など政府投資が必要だが、人材が社会で活躍することで経済的リターン(所得税収増、社会保障費減など)はその二倍以上」と報告した。

「能力ある人が教育を受けられないのは社会の損失。格差を固定化しないために奨学金などのテコ入れが必要」と小林教授は話す。