『毎日新聞』2009年10月24日付

新教育の森:支援範囲広く、指導力向上厚く 予算要求にみる改革…ハードからソフトへ


文部科学省は来年度予算の概算要求をまとめた。民主党のマニフェスト関連事項を盛り込む一方、継続事業などは「しがらみを排して見直した」(川端達夫文科相)という。新政権が目指す教育改革の姿を、要求の中身から展望する。【加藤隆寛、本橋和夫】

◆どうなる「事項要求」

要求総額は5兆7562億円。自公政権下で8月にまとめた要求総額より2899億円少ないが、今年度当初予算を4745億円上回る。マニフェスト記載事項の中でも、政策実行手順を「工程表」として示した3事項を優先するとしたが、「高校無償化」以外の「大学奨学金充実」と「医師養成と大学病院の機能強化」は、金額を示さず具体的施策を予算編成過程で検討する事項要求にとどめた。

藤井裕久財務相は会見で、事項要求について「断固査定する。ほとんど実現できないだろう」と発言。2事項だけでなく多くの要求が厳しい査定にさらされるのは必至で、最終的にどこまで容認されるかは不透明な状況だ。

高校の無償化に関しては、授業料相当額を助成するだけでなく、年収350万円以下の世帯を対象とした給付型奨学金の新設(123億円)にも踏み切った。授業料以外の入学金、教科書代などに充てる奨学金で、返済は不要。基準額は1年目が公立で3万4000円、私立は19万7000円。2年目以降は1万1000〜1万6000円。

実は、8月の要求でも高校生向けの給付型奨学金新設に455億円が盛り込まれていた。低所得者を重点的に支援しようとした前政権に比べ、新政権は支援範囲をなるべく広げようとする姿勢が目立つ。幼稚園就園奨励費も、8月要求の255億円から209億円に減額。子ども手当の新設でその分はカバーできるという考えが背景にある。

大学奨学金の制度設計は先送りされた。事項要求の枠内で奨学金の貸与人数増、私大の授業料減免枠拡大などの具体策を詰める。貸与人員を5万人増やすなどとした8月要求は、同様の施策に1787億円を計上していた。

◆5500人の教職員増

教職員定数は8月要求と同数の5500人増を求めた。ただし、内訳で「主幹教諭2500人」を「主幹教諭448人と理数担当教員2052人」に組み替えた。新学習指導要領への対応や少人数指導の実現など、より現場を意識した変更だという。

退職教員を中心に非常勤の「サポート先生」1万9500人(今年度比5500人増)も配置する計画。8月要求は3万2900人を想定しており人数は4割減となる。

◆体力調査は「全員」継続

小6と中3の全員を対象に実施してきた全国学力テストは、40%(学級ベース)の抽出方式に改める方針。1位から47位まで都道府県の順位が付くレベルの精度には至らないが、「最上位グループ」「上位グループ」などの大まかな位置付けが可能という。実施費用は8月要求の57億円に対し、36億円で済む。結果の活用事業や、他教科や他学年に対象を広げるための調査費などが他に1億円かかる。

小5と中2の全員を対象に昨年度から実施している全国体力テストは、来年度も全員対象方式を継続する方針。

◆消えた「電子黒板」

8月要求には、電子黒板5万4000台設置などを含む学校のICT(情報通信技術)環境整備費として122億円が盛り込まれたが、今回要求ではゼロに。教員のICT活用力向上やデジタル教材の開発費などに7億円が計上された。川端文科相が今年度補正予算の見直しから一貫して掲げてきた「ハードからソフト・ヒューマンへ」の基本方針を反映し、公立学校の耐震化事業費も8月要求の2775億円から1086億円に削り込まれた。

このほか、農山漁村での長期宿泊体験などの事業費を12億円から6億円に圧縮。「演劇教育」を中心とするコミュニケーション教育の充実に新たに1億円を盛り込んだ。

◇人権規約にのっとり無償化/非常勤より「正規」増やす−−鈴木寛副文科相に聞く

鈴木寛副文科相に概算要求の狙いなどを聞いた。

−−高校無償化を最優先する理由は。

民主党は「学ぶ権利」を中心に考える。国際人権規約の締約国160カ国のうち、「中・高等教育の無償化」を定めた条項の批准を留保しているのは日本とマダガスカルだけ。規約違反が何十年も放置されてきた。日本を普通の国にしたい。

−−大学は奨学金拡充で対応するのか。

もちろん拡充するが、併せて授業料も減免する。年収400万円以下世帯の授業料を全額免除している東大並みのことを、他校にもやってほしい。

−−非常勤講師の要求数は前政権時より少ないが。

これまで、常勤で手当てすべきところを非常勤で対応してきた状況はいびつだった。11年度予算では堂々と正規教職員を増やしていく。民主党教育改革の第1段階は学費負担の軽減で、第2段階は「教育力向上」がテーマ。教員の質と数の充実、教材の見直しを図り、教員免許制度も改革する。

−−第3段階は?

ガバナンス(統治)の問題に取り組む。学校運営のあり方を変え、地域住民が参加する学校理事会制度をスタンダード化していく。教育委員会のあり方も見直す。ここまでに4年はかかるだろう。

−−学校ICT化は推進しないのか。

情報化は大事だが、ハードだけ買ってそれが使われない学校を作るつもりはない。教員の指導力養成やデジタル教材の開発が優先されるべきだ。

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◇文科省の主な来年度予算概算要求事項と金額
                            <単位・円>

高校授業料の実質無償化    4501億          (0)
高校奨学金の充実        123億       (455億)
全国学力テスト          36億        (57億)
サポート先生の配置        77億       (136億)
豊かな体験活動推進         6億        (12億)
コミュニケーション教育       1億          (0)
学校のICT環境整備         0       (122億)
ICT活用教育の調査研究      7億        (17億)
公立学校施設耐震化など    1086億      (2775億)
私立学校施設整備        192億       (298億)
医師養成など          事項要求        (595億)
大学奨学金などの充実      事項要求       (1787億)

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総額           5兆7562億+事項要求 (6兆461億)

 ※カッコ内は自公政権下で8月に要求した同種事項の額。矢印はその額からの増減