『朝日新聞』2009年10月19日付

新政権、教育も「人」に重点 文科省予算要求をよむ


来年度の予算編成に向け、各省庁が希望額を提出する「概算要求」。今年も例年通り8月にまとめられたが、民主党を中心にした政権交代で一から見直すことになり、その改訂案が15日に各省庁から提出された。文部科学省が求めた総額は5兆7562億円。自公政権の8月時点の額から2900億円減らしつつ、「高校無償化」も盛り込んだ。内容をつぶさにみると、新政権が教育行政に込めたメッセージが見えてくる。

■外国籍生徒にも助成

「ソフトとヒューマン(人材)への投資、マニフェスト実現のための予算を確保し、その他は厳しく見直した」。15日の記者会見の冒頭、川端達夫文科相は、今回の見直し作業に当たった方針を改めて強調した。

概算要求はあくまで各省庁の希望額。その後の査定で減らされるのを見越し、かなり多めに出すのがこれまでの常だった。しかし、文科省の今回の見直しでは、総選挙のマニフェストを実現する財源を確保するため、全体的に絞った。要求額は、実際についた今年度予算の実績と比べると4745億円増、率にして9%増と、この段階としては抑制的だ。

8月時点の要求額との差では、電子黒板の導入など、学校ICT(情報通信技術)環境整備関連の減額が目立つ。8月時点では全国の学校に5万4千台分を整備する費用として139億円を要求していたが、見直しで7億円にまで削った。

そうした中、最重要課題として盛り込まれたのが高校の授業料の実質無償化のための費用、4501億円だ。国公立の授業料相当額として年間11万8800円以内で支援し、私立の生徒にも同等額(低所得層は倍額)を助成。専修学校の高等課程の生徒らも対象に含む。

この制度では、外国籍であっても、朝鮮学校などの民族学校、インターナショナルスクールなど、学校教育法で「各種学校」に分類される教育機関の高校段階の生徒について同額の助成を想定している。自民党を中心にした政権では実現が難しい案件だが、日本に住み、保護者が税金を納めるなどしている以上、同じように手当てすべきだと考えたという。民主党は定住外国人の地方参政権の早期実現を基本政策にしており、こうした考え方とも通じている。

高校生の支援策としては、返済不要の給付型奨学金の創設(123億円)も盛り込んだ。年収350万円以下の世帯の生徒約45万人が対象で、教材費や学用品代、制服代など授業料以外に使うことを想定している。

ただ、給付型奨学金はもともと8月段階の概算要求に455億円が盛り込まれており、そこからは330億円余りの減額になる。文科省は授業料助成と給付型奨学金のセット(要求額は計4624億円)で「総合的な高校実質無償化策になる」と説明しているが、現場の教員には「低所得層に絞った支援こそ緊急課題」という声が強い。今後どう拡充していくか、新政権の大きな課題となる。

■理数の教員増求める

地域間の点数競争の観が強くなり、結果開示の是非でも揺れている全国学力調査。現行では小6、中3の全員を対象に国語と算数・数学の2教科で実施しているが、来年度からは40%を取り出す抽出調査に切り替える。これにより、予算要求は8月時点の58億円から36億円に削減。内訳も、学力調査そのものの費用は28億円にとどめ、残りは将来的に実施教科や対象学年の拡大を検討するための調査費に使うとしている。

10年度限りで廃止の方向となった教員免許更新制に割く費用も、8月段階の13億円から4億円に削った。文科省の政務三役は、教員の新たな質向上策として大学院の修士課程も必修とする教員養成6年制化を検討しており、今回、調査費などとして3億円を別途盛り込んだ。

教職員の数を増やす「定数改善」については、5500人増で8月時点の要求と同じだ。ただ、8月時点では校長、教頭らを補佐する「主幹教諭」を2500人分入れていたが、今回は448人に減らし、代わりに理数の教員を2052人分盛り込んだ。鈴木寛副大臣は「私たちは現場を支える人を増やす」と前政権との違いを強調する。

国立大学の運営の基盤として学生数などに応じて配分される「運営費交付金」は、小泉政権の「骨太の方針06」路線で、毎年前年度比で1%削減されてきた。今回求めたのは、今年度予算より13億円多い1兆1708億円。政務三役は「前政権の枠には縛られない」としており、削減の流れを押し返せるか、これからが正念場になる。

■切り離せぬ財源問題―耳塚寛明・お茶の水女子大副学長(教育社会学)

高校無償化を最優先し、後は細かく削りながら対応したという印象だ。この短期間で新政権の特徴を出したのだから、まずはよくこなしたと思う。

ただ、教育に関する民主党のマニフェストを見ると、今後根本的に制度を変えなければならないものが多く、次回、2011年度に向けた予算要求が「本番」になると思う。多額の予算を必要とするものが多く、難航するのは必至だ。

高校の授業料を無料にし、大学の奨学金を拡充し、幼稚園の教育費も支援する――という家計負担減の政策は重要だが、現実問題として予算をどこからもってくるのか。学校の教職員を大幅に増やすという方針も、やはり財源をどう確保するかという問題がついて回る。

新政権のもとでは、子どもたちの教育のため、国民みんながこれまでより負担を増やさなければならないという方向に向かおうとしている。反対者も増えるだろう。

私たちがどういう社会を目指すのか、根本的な議論が必要だ。