『西日本新聞』2009年10月11日付

九大の伊都キャンパス移転


2019年度まで段階的に進められる。まず07年3月までに工学系の移転が完了。09年4月からは1、2年生対象の全学教育などが始まった。今後は、14年度に理学系、18年度に文系、19年度に農学系が移転する計画。医学部(福岡市東区)や、芸術工学部などの大橋(同市南区)、理工系大学院などの筑紫(福岡県春日市)の各キャンパスは現在地に残る。

学生よ 農村に出よ 九大が地域密着プログラム 現場で学び成果還元 全学部対象 資金確保し定着目指す

九州大が移転先の福岡県糸島地区で、2007年度から、農村地域をキャンパスに見立てた教育プログラムを進めている。大学教育の質向上を狙う文部科学省の助成事業を活用した試み。通称「糸島現代GP(グッド・プラクティス=優れた取り組み)」。農学部以外の学生にも門戸を開き、農業体験など地域の力も借りて実践的な人材育成につなげる一方、大学の研究成果を還元するなど地域活性化への貢献も目指す。「伊都キャンパス」移転を機に始まった地域密着路線の成果と課題を探った。

●「悩み」を語り

「最近、農薬の効かん害虫が増えとるとですよ。どうしたもんか」「何にでも効く汎用性の農薬でなく、作物や虫の種類に絞った薬を選んだ方がいい」。

9月中旬、JA糸島本所(福岡県前原市)。20人近い地元農家らが「農業の悩み」について、九大の教授たちと語り合った。

地域貢献分野のプログラムの一つで、3回目の開催だが、後継者難や鳥獣被害、周辺住民との関係など多くの「悩み」が提起された。九大側がその場で助言できなかった課題は、今後の研究課題として持ち帰る。

農家の悩みを受け止めることで親近感を持ってもらい、大学教育への協力を取り付ける狙いもある。これまでの会合を通じ担当教員と意気投合し、学生たちの体験授業の受け入れ先となった農家も多いという。

●単位に認定も

糸島現代GPは、文科省から「社会的要請の強い現代的教育ニーズ」があるとして助成事業に選ばれた。目指すのは「地域に愛着を持ち、農業を理解できる法律家やエンジニアなど各分野の専門家の育成」。

農学部生に限定せず、全学部の1、2年生に門戸を開く。大学院農学研究院の教員5人が中心となって専用の講座を開設。07年度のスタート時には1講座だけだったが、9月末に始まった本年度後期は5講座に増えた。受講者は総計約200人で、伊都キャンパスにいる文科系も含めた対象学生の1割弱に当たる。

卒業に必要な単位に認められる授業として、農業体験を通じ食物連鎖を考える「命のあり方・尊さと食の連関」、自然環境と生活のかかわりを学ぶ「糸島の水と土と緑」などがあり、地元農家を臨時講師に招くことも多い。

プログラムの骨格を考案した佐藤剛史助教の講座は「糸島の環境保全のススメ」。田植えやカキ養殖の体験、農道沿いの草花探しといったフィールドワークが多い。学生に人気で定員20人の5倍を超す聴講希望が集まる。大学移転は開発事業の呼び水ともなるだけに、「糸島の豊かな農村風景を壊してはいけない」と訴える佐藤助教。学生を農作業や自然の営みに触れさせることで、地域の価値の再認識につなげたいという。

本格的な農作業を単位認定する「農村留学」も近く開講予定。学生は数日間、早朝から地元酪農家に通い、搾乳や牛舎清掃などの作業を通じ農家の抱える課題を探り、解決策を考える。

●人間的に成長

「大学が地域に愛されていることを知り、地元の方々に恩返しがしたくなりました」;。学生たちのリポートには、地域への愛着を示す文言が増えてきた。佐藤助教は「専門性だけでなく、人間的な成長にもつながっている」と強調する。

助成事業の年限は3年で、本年度が最終年だ。この間の総事業費は約6千万円。全額を国の助成金でまかなってきた。来年度からは独り立ちを求められる。大学の予算を元に、地元自治体や農協からも資金面を含め協力を得て新たな展開を探りたい意向。

取り組みの責任者、農学研究院の中司敬教授は、そうした点を踏まえ「研究成果の地域還元を積極的に進めていきたい」と話す。牛乳など地元農産品のブランド化や、市民向けの公開講座を増やすなどして密着路線の定着を目指す方針だ。