『朝日新聞』 2009年8月27日付

《にっぽんの争点:科学技術》行政一元化か 実績強調か


科学技術でも「脱官僚」の理念を掲げた民主党に対し、現行の具体策を実績に挙げ、投資充実を訴える自民党という構図が浮かび上がる。

「省庁横断的なプロジェクトの推進を図る」。民主党は科学技術行政の一元化を、省庁の縦割りを排除する「霞が関改革」に位置づける。そのうえで「基礎研究の成果をイノベーション(技術革新)につなげていく」とはうたうが、具体的な分野や道筋までは踏み込んでいない。

一元化の具体策が、文部科学、経済産業省などにまたがる宇宙行政を09年度末までに内閣府にまとめる「宇宙庁」構想だ。総合科学技術会議を改め、首相の下に「科学技術戦略本部(仮称)」を設置する構想も党政策集に掲げた。

総合科学技術会議は01年、科学技術全体を見渡して政策を企画・立案し、調整する目的で内閣府に作られたものだ。議長も首相が務める。ただ、民主党科学技術検討チームの内藤正光事務局長(参院議員)は「各省事業を格付けしているだけ。戦略的な政策立案とは言い難い。政治の責任放棄」と指摘する。

対する自民党は、iPS細胞や太陽電池などの研究開発推進を政権公約に盛り込み、第3期科学技術基本計画(06年度〜10年度)にある「5年間で25兆円」の投資実現をうたう。公明党もほぼ同様だ。

自民党は、5カ所で進む「世界トップレベル研究拠点」を30カ所にする構想や、前国会で成立した2700億円の「最先端研究開発支援プログラムの実施」も掲げる。

特にこのプログラムは、選出された研究者30人(30課題)が1人(件)平均90億円を5年間、自由に使える内容。課題の最終選考には、首相や科学技術担当相を入れて政治主導を強調した。

しかし、このプログラムは緊急経済対策の一環として、産業界の要望で実現した経緯がある。当初法案にあった「臨時措置とする」との文言は削除されたものの、「投資の充実」を訴える背景には、産業界への配慮がうかがえる。民主と国民新は、緊急経済対策ではなく、人材育成や基盤研究の強化につながるよう求めた上で賛成に回った。

一方、自由に使える研究費の充実は、大学の研究者にとって切実な課題。こうした研究費の元になる国立大学への交付金や私立大学への助成金は、小泉内閣が06年に閣議決定した経済財政の運営方針「骨太06」で、年1%ずつ削減されている。自民党科学技術創造立国推進調査会の船田元会長(前衆院議員)は「科学技術研究費補助金をはじめ、いくつかのプロジェクト投資で削減分を補填(ほてん)していきたい」と言うが、方針には従わざるを得ないとの立場だ。

民主党はこの交付金削減方針に対し、見直しを掲げて自公との違いを強調する。

■省庁の壁崩す人材は?

科学技術関連予算は、総合科学技術会議の方針に従って配分される。だが、01年度以降、省庁別の割合はほとんど変わらない。文科省65%、経産省15%といった具合で、省庁主導と言われるゆえんだ。

民主党の公約からはこうした予算配分や政策決定のプロセスを政治主導に変えたいという意思が読み取れる。

宇宙行政の一元化には現実味がある。もともと昨年できた宇宙基本法を自公民で共同提案した経緯があり、施行後1年をめどに内閣府の下で宇宙行政の事務を担わせるための法的措置を講じることになっている。政府の宇宙開発戦略本部が組織の在り方を検討しており、自民党の中にも一元化に理解を示す声がある。

しかし、宇宙予算の約6割を使う文科省の抵抗が予想されるほか、産業界からも一部反対がある。情報収集衛星の運用など安全保障分野を含めるかどうかは「詰め切れていない」(内藤議員)。

科学技術戦略本部構想も省庁との折衝が必要だ。「科学技術政策に精通した人材が果たして民主党にどれだけいるか」(文科省幹部)という声もあり、骨抜きにされる可能性も否定できない。

09年度の科学技術関連予算は、補正で最先端研究開発支援プログラムができるなどした結果、総額4.9兆円に上り、厳しい財政下で過去最高となった。それでも06年度以降、4年間の合計は17.3兆円で、「5年間で25兆円」の目標達成は難しい。船田会長も「額よりも中身で勝負したい」と話す。

自公政権は、競争的研究費を増やし、生命科学やナノテク、環境などの分野に重点的に配分する「選択と集中」を強めてきた。

世界トップレベル研究拠点では現在、1カ所に年間5億〜20億円を10年間にわたって支援する。ただ、現状では、世界ランキングで200位以内に入る日本の大学や研究機関は10程度。「30カ所」が実態を伴うかどうか疑問が残る。

一方、予算の重点配分で、大学や研究機関の「格差」が生じているとの指摘もある。

国立大学への交付金削減に対しては、大学関係者や研究者から、研究基盤を弱体化させているとの声や、方針撤回の要望が強い。こうした声をくみ取り、基礎研究の充実につなげられるかどうか、実行力が問われる。