『東京新聞』2009年8月25日付

国公立大 非正規雇用問題 雇い止め無効求め京大提訴
コストか研究か ノウハウ蓄積「非常勤職員頼り」の声も


全国の国公立大学で非常勤職員の雇い止め問題が注目されている。京都大学(京都市左京区)でも2004年の独立行政法人化の翌年以降、非常勤職員の雇用更新が最長5年に区切られた。問題の根深さは非正規雇用者の生活不安とともに、大学の研究の質にも影響が及びかねない点にある。(京都支局・芦原千晶)

「条項」撤廃の地方の大学も

京大正門近くに半年前から張られたテント。同大学の非常勤職員の有志らでつくる時間雇用職員組合「ユニオンエクスタシー」(約30人)の井上昌哉さん(37)と小川恭平さん(40)は、ここで夕方からカフェを営み、夜は寝泊りしている。

二人は元非常勤職員で学内の図書館などで約3年半働いてきたが、今年3月末、「予算が付かない」と雇い止めに。テント前で非常勤を上限5年で雇い止めする「5年条項」の撤廃を訴える。

7月には雇い止めの無効などを訴え、京大を相手取って京都地裁に提訴した。独立行政法人化後、非常勤職員が大学を相手取り雇用を争う裁判は全国でも初めて。「人として扱われていない」。これが二人の憤りだ。

京大の非常勤職員は約2600人(常勤は約2500人)で85%が女性だ。業務内容は教授秘書から研究室の実験補助まで幅広い。5年条項は09年春に規則改定で定められ、対象はそれ以降に雇用された約1300人。来年3月、51人が雇い止めに遭うという。

全国大学高専教職員組合によると、調べた約60の国公立大学のうち、3分の2が5年条項や3年条項を設定。京大に先立ち、東京大学で80人以上、名古屋大学でも20人の非常勤職員が失職した。

背景には独法化以降も大学の財布を握る国の圧力がある。国立大学に配分される運営費交付金は年1%ずつ削減されている上、06年度からは全独立行政法人に総人件費改革(5年で5%の削減が目標)が課せられ、財政状況はどこも苦しい。

京大の大西珠枝理事は「常勤職員を削減して補助業務化する中で、優秀な非常勤職員を雇い続けたい思いもあるが、健全な経営維持にはコストを考える必要もある。長期の雇用は人件費が固定化する恐れがある」と雇い止め政策の背景を語る。

だが、教授たちからは「特殊な培養細胞や染色体解析の特殊技術を習得してもらった。(雇い止めは)研究の進展に多大な支障が出る」といった声も上がる。京大の職員組合も、5年条項見直しを求める約2000人分の署名を大学側に提出し、「せめて雇用延長の特例を」と訴えた。

一方、地方大学では雇い止め緩和に向かう動きもある。すでに特例を設けて雇用を延長した大学は10以上。山梨、佐賀両大学では今春、「3年条項」を撤廃した。

「国の圧力に従属的すぎ」

東京外大の岩崎稔教授(哲学・政治思想)は「大学の業務は特殊で、教育は持続するものだけに雇い止めはそぐわない。文科省からの人件費抑制の重圧を各大学が先取りして従属的になりすぎている」と批判する。

ノーベル物理学賞を受け、京大名誉教授でもある益川敏英・京都産業大教授は「かつての大学や研究所では、常勤職員は3年程度で配置転換された。このため、長く務めてノウハウを蓄えていた非常勤職員こそが頼りだった。数年で人が入れ替われば、教育や研究へのダメージは避けがたいのでは」と話している。