『毎日新聞』社説 2009年8月24日付

視点・科学技術立国=青野由利


研究者にとっては異例ずくめの大型研究費だろう。配分先選びが進められている「最先端研究開発支援プログラム」だ。

経済危機対策の一環として、政府が補正予算に組み込んだ。「総理が配分先を最終決定する」がうたい文句で、自民党のマニフェストにも科学技術創造立国の実現方策として盛り込まれた。今月中にも配分先を決める予定という。

問題意識は悪くない。「予算が単年度決算で使いにくい」「雑用が多く研究に専念できない」という研究者の悩みに応えようとした点だ。

しかし、プログラムの設計には首をかしげる部分がある。まず、驚くのはその金額だ。2700億円を約30人の中心研究者(30課題)に配る。研究期間は今年度から3年以上5年以内。1件あたりの研究費は30億〜150億円に上る。

文部科学省が拠出するもっとも基本的な研究費である「科学研究費補助金(科研費)」の今年度の予算総額は1970億円で、これを5万件以上に分配する。性質の異なる研究費とはいえ、今回の研究費がいかに高額かがわかる。

しかも、1カ月で交付先を決定する「スピード審査」だ。「3〜5年間で世界をリードする」という目的に沿えば、短期間では成果の出ない独創的な研究ははじかれてしまう。実績のある研究者だけが選ばれるとすれば、本来進めるべき若手研究者育成にはつながりにくい。

これだけの研究費を少数の人に投じる一方で、研究を幅広く支える国立大学の運営費交付金、私立大学の助成金が毎年削減されていることも気にかかる。これでは、研究費格差が開き、基礎研究が立ち行かなくなる恐れが強い。

ここ数年の科学技術政策は、「選択と集中」のかけ声の下に、トップダウンで成果の見える研究に研究費が重点配分されてきた。支援プログラムもその一環で、自民党にこの路線を変更する様子はない。

一方、民主党は国立大学法人などの改善、研究者奨励金制度の創設などを掲げる。国の科学技術政策を決定している総合科学技術会議の改組も提案している。しかし、どのように日本の科学者や技術者を育てていくのか、具体像は見
えない。

日本の科学技術は今、欧米先進国のみならず、中国やインドなど新興国との競争にもさらされている。そこで大事なのは、近視眼的な成果主義に陥らないことだ。長い目で研究の土台を築いていくことの大切さに政治は目を向けてほしい。