『朝日新聞』2008年8月17日付夕刊

松川事件の資料室、存続危機 福島大、人件費めど立たず


福島県の東北線で列車が脱線転覆し、乗務員3人が死亡した「松川事件」から、17日でちょうど60年。福島大学の一室に、死刑を含む有罪判決を受けた20人全員が、その後無罪となった歴史的冤罪事件の資料を収集、展示した「松川資料室」がある。いま、歴史を証言する、この研究拠点の存続が危ぶまれている。

事故が起きたのは、福島大から、わずか2キロの場所。大学は事件の風化を防ごうと、1988年10月に校舎の一室を資料室とした。裁判資料や元被告らの手紙、当時の新聞や雑誌記事など約10万点を収集。07年4月には、福島県松川運動記念会と同大が資料の整理や公開に関する協定を結び、充実させてきた。その協定期間が来年3月で切れる。

資料室の管理をするのは、同大の伊部正之名誉教授(67)=労働経済学。ほかにスタッフはいない。伊部名誉教授は長年、事件の資料を集め、07年3月の退職後も研究員として大学に残った。しかし、来年3月で任期は満了する。記念会は「資料に精通した人がいなければ、ただの物置になってしまう」と、来年度以降も研究員を配置するよう大学側に求めている。

しかし、国立大学法人に対する文部科学省の運営費交付金が減らされるなどし、同大の人件費予算も減少。資料室を管轄している同大地域創造支援センターの伊藤宏之センター長(64)は「正規の教員の補充もままならないなか、来年度も研究員の人件費を大学が出すのは、たやすいことではない」という。

同大では今、松川事件を主要な研究テーマとする研究者はいない。資料室の今後について、今野順夫(としお)学長(65)は「物理的に資料を管理することはできるが、事件についてどのように説明をしていくか検討段階だ。大切な資料なので、どう活用し、どう引き継いでいくか。難しい課題だ」と話している。(北川慧一)