『朝日新聞』2009年7月20日付

「出版会」で大学に売り込め 国立大、法人化で倍増


国立大学の間で、教員らの研究成果を自らの手で社会に発信しようと、「出版会」の設立が相次いでいる。地方大学であっても、「○○大学出版会」と、学校名を冠した本を通じて、大学名と独自の研究を全国にPRしようと懸命だ。

◇「地域性」も活用しPR

04年度の法人化前に出版会があった国立大は10校程度。それが法人化後の5年余で10校以上増えた。

法人化前は、財団法人、中間法人などが主流だったが、新しくできた出版会は、多くが学内の組織(直営)で、経費も人員も「大学持ち」なのが特徴だ。文部科学省国立大学法人支援課は「法人化で直営が可能になり、各大学が広報に力を入れるようになったこともあって増えているのではないか」という。

法人化直後に、出版会を立ち上げたのは弘前大(青森県弘前市)だ。遠藤正彦学長自らが設立を提案。「地方というハンディを背負った本学の研究者が、研究成果を容易に出版できるよう手助けしたかった」。さらに「法人化後の大学間競争の中では、出版会を持つことは一つのステータスにもなる」と話す。

これまでに毎年10冊前後のペースで刊行。教科書や学術書に加えて、ねぷたや津軽学、漆塗りといった地域の伝統文化を紹介した本や白神山地の研究誌など地域性が強い本も多い。大学からは毎年900万円程度の「持ち出し」があるが、遠藤学長は「出版にあたっては、売れないからだめ、ではなく中身で判断できる。それが大学の中に自前の出版会がある強みだ」と話している。

◇知名度・教育の質にも効果

東京外国語大(東京都府中市)の出版会は今春、第1弾の3冊を刊行した。ドストエフスキーの小説の翻訳が100万部を超えるベストセラーになった亀山郁夫学長自らがドストエフスキー論を執筆した。

外大にはたくさんの書き手がいて、一般の出版社から出されている本も多い。しかし、宮崎恒二理事は「大学名を冠した出版会から出すことで、もっと、外大の名前を世の中に知ってほしい」と言う。さらに、「外大のような文系大学では、業績は論文よりも単行本が中心になる。業績評価の向上にもつなげたい」と期待する。

40冊程度の企画を検討中で、今後、3カ月に1冊ペースで出したいという。宮崎理事は「大学出版会ならではの、冒険の余地もあると思う」と話している。

東京芸術大(東京都台東区)の出版会は、画集や楽譜、学生による舞台公演や映画のDVD、音楽のCDなどを2〜3カ月に1作品のペースで出している。今後は、「絵の見方」のような芸術の入門書も出していきたいという。

北郷悟理事・副学長は「芸術大学なので、教員は研究者であるとともに絵や音や映像などによる表現者でもある。これらの活動を社会に知ってもらうのに出版というのは非常に有効な手段だ」と言う。「いい内容だが、製作費がかかって、なかなか出版できないようなものを支援していきたい」と話す。

一方、筑波大(茨城県つくば市)の鈴木久敏理事・副学長は、出版会の設立には、学内の教育研究の質の向上につなげる目的もあるという。「例えば、教科書を書いてもらうと、教育内容が頭の中で考えている時より、もう一段階精選されるので教育の質が向上する。わかりやすく書くことを意識してもらうことで別の目線が出てきて、新しい研究につながる可能性もある」と話した。

◇品質と市場性、両立が課題

これらに対し、直営ではなく、有限責任中間法人という別組織で設立したのが東京農工大(東京都府中市)だ。小野隆彦理事・副学長は「大学から資金などの支援はないが、その分、活動の制約も少ない」と言う。

農工大の出版会では「難しい本は出さない」という方針を掲げ、大学出版会が多く手がけている教科書や学術書ではなく、一般書を中心に据えた。そのために、雑誌編集の経験があるOBを専務理事に招いた。

これまでに刊行したのは3冊。「人が学ぶ」というシリーズでは、昆虫や植物の知恵を紹介。左ページは解説、右ページはイラストという見開きスタイルにして、「中学生でも読める」ようにした。今のところ、収支はほぼトントンという。

大学出版部協会(事務局・東京)によると、大学出版会については国立大より私立大の方が先行していて、加盟している32のうち22を占める。

私大では大学ブランドの確立を目指して自校らしさを強く打ち出してきた出版会が多い。一方、国立大では学術出版が主目的の場合が多かったが、最近新設された出版会は私大型に近づいているのではないかという。植村八潮副理事長(東京電機大学出版局長)は「国立大出版会の設立ブームはしばらく続くだろうが、『大学持ち』がずっと続く保障はない。質を保ちながら市場性も意識した出版活動が求められる」と話している。(杉本潔)