『朝日新聞』2009年7月13日付

きょういく特報部2009
家庭の教育費軽減「実現に年1.3兆円」 文科省懇談会


幼児教育の無料化、高校生の授業料援助、大学生の奨学金枠の拡大――。識者を集めて議論してきた文部科学省の「教育安心社会の実現に関する懇談会」が、こんな教育費の負担軽減策をまとめた。親の収入格差が、超えがたい教育格差につながっている現状を踏まえたものだ。ただし、実現のために必要な年間の追加予算は約1兆3千億円。文科省は、将来の消費増税を財源にすることを念頭に道を探っている。

■低所得者層の負担軽減狙う

塩谷文科相が懇談会をスタートさせたのは5月25日。安西祐一郎・前慶応義塾長、東京工大学長や中央教育審議会副会長などを務めた木村孟・東京都教育委員長、元京都市教育長の門川大作・同市長らを集め、今月3日に提言をまとめた。

「教育とは、機会均等を図る『人生前半の社会保障』であり、社会の活力の原動力としての『将来への先行投資』」

懇談会の提言は、冒頭でこう理念をうたった上で、主に所得が低い家庭を対象にした具体策を列挙する。

幼稚園、保育所といった幼児教育は無料に。少子化対策としても効果があると考えたという。小中学生の学用品代や給食費などをまかなう就学援助費は市町村ごとに格差が出ているため、高めの水準にそろえる。高校では、私立の入学金や教科書代など、まとまった資金が必要になる入学関係費を奨学金で支援。公立より高い私立の授業料は、家庭の負担が公立並みになるよう差額を公的に負担する。

支援策は大学にも及ぶ。授業料を下げた場合、相当額を国が大学に支給する。奨学金制度も改革し、支給対象を広げ、卒業後に収入が少ない場合は毎回の返済の減額を検討する。

こうした施策を試算した結果、文科省は、年間で新たに総額1兆3千億円の予算が必要とはじいた。

日本の教育予算の貧弱さを示す指標としてよく持ち出されるのが、国内総生産(GDP)比の国際比較だ。経済協力開発機構(OECD)の08年版の資料では、日本は3.4%。データのある28カ国中で最下位だ。

これについて、報告書は「5%の水準を踏まえ本格的に検討を」と求めた。この「5%」は昨年、文科省が教育振興基本計画に盛り込もうとしたが、財務省の反対で断念した「いわく付き」の数字だ。今回も財務当局は難色を示したが、押し切る形で明記したという。

報告を受け、文科省はまず小中高校の新しい支援制度の検討を始める。近く、地方の教育委員会や現場の教員、保護者らに呼びかけ、制度のあり方を練る予定だ。

■文科省 消費増税で実現探る

家庭の教育費負担を減らそうという提案は、最近、政府内の他の会議でも続いている。

「教育再生懇談会」は5月末、河村官房長官に第4次報告を提出。幼児教育無料化、授業料減免など「教育安心社会懇談会」と似た提言を盛り込んだ。「安心社会実現会議」も、返済不要の奨学金などによる大学生の負担軽減策を提言。間を置かずに閣議決定された「骨太の方針09」にも、「教育費負担に対応するため、財源確保とあわせた中期的な検討を行いつつ、当面、軽減策の充実を図る」との文言が入っている。

文科省の施策は長年、学校など「教育を提供する側」への支援が主だった。教員の増員、大学への予算投入などによって教育環境を良くし、それによって学力や教育効果を高める、という考え方に重きを置いてきた。

それが、一連の「小泉改革」以降、壁にぶつかった。教員数も、大学への運営費配分も削減圧力が続く。一方で、所得格差は広がり、家計が悪化する世帯が増え、教育費の負担感は増した。そこへ、昨秋のリーマンショックに始まる経済危機が追い打ちをかけた。

麻生政権が掲げるキーワードの一つが「安心社会」。この波に乗るように、文科省も「教育を受ける側」への援助、特に低所得層への教育費支援を重視する方向に動いた。

しかし、話は単純ではない。政策転換をはかりたくても、予算が付かなければ「絵に描いた餅」に過ぎない。選挙をにらんだ大型補正予算は教育分野にも手厚く投入されたが、厳しい財政が続く中、制度を改め、支出増がずっと続くことについて、財務省の腰は重い。

文科省は、奨学金の拡充など「できるものから手を付ける」考えだが、本格的に実現するための財源として想定しているのは、近い将来に予想される消費税の増税だ。高齢者福祉だけでなく、教育にも十分予算を投入するよう様々な提言で世論に訴えるとともに、税制論議の機会をとらえ、教育への投資の必要性を主張しつづける構えだ。

塩谷文科相は「税制改革の時期には盛り込んでいけるように考えを固めていく」。文科省の幹部の一人は「総選挙で政治の枠組みがどうなったとしても、家庭の教育費負担を減らす政策を進められる環境作りを念頭に置いている」と話す。(上野創、星賀亨弘)