『朝日新聞』2009年6月4日付

「歳出引き締め」後退、再建は消費増税頼み 財政審


財務相の諮問機関の財政制度等審議会(財政審)は3日、10年度予算編成に向けた意見書を公表した。経済危機を受け、これまでの「引き締め路線」の軌道修正が目立つ。政府の経済財政諮問会議が着手した財政再建の新目標づくりも増税が前提。高齢化や格差拡大で社会保障費の抑制は難しくなり、将来の消費税アップは避けられないとの思いがちらついている。

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「財政規律を確保できる形で考えてほしい」。財政審の西室泰三会長は、10年度の予算編成の基本的な考え方を示した意見書を与謝野財務相に手渡した後、記者会見でこう説明した。

10年度予算は09年度予算よりも税収減が確実で、意見書は「公債依存度が大幅に上昇する見込みだ」との見通しを示した。「非効率な歳出の改革を先行すべきだ」(財務省幹部)との考えから、とりわけ医療と大学に重点を置き、具体的な問題を提起した。

医療分野では、地域間や診療科目による医師の偏在を取り上げ、中央社会保険医療協議会(中医協)が決めている診療報酬の配分方法に一因がある、と指摘。10年度の改定で、開業医と勤務医の待遇差の是正などを求めた。

大学予算については、国立大学法人に、横並び意識を捨てて研究や教育成果を評価した上で予算の配分を決める「成果主義」を強化することを促した。

もっとも、一般会計の25%を占め、少子高齢化で膨らむ社会保障費については、昨年までの歳出抑制路線から大きくトーンダウン。前年の意見書には、自然増を毎年2200億円ずつ抑える数値目標が盛り込まれたが、今年は数値を明示していない。

09年度予算で社会保障費の抑制目標は事実上崩壊し、経済危機対策では「安全・安心」が旗印となっている。西室会長は「具体的に言っていないのは、『骨太09』で示してほしいからだ」と諮問会議の判断にゲタを預けた。

一方で意見書は、将来世代へのツケ回しを減らすため、歳入増の必要に言及。「安定財源の確保が一刻も早く求められている」とした。ただ、財源として有力視される消費増税については、具体的な言及を避け、従来の政府方針の紹介にとどまった。総選挙が近い現状を踏まえ、与野党の対立をあおって政局を揺さぶりかねないとの判断だが、財政の「お目付け役」としては物足りない中身だった。

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財政再建の新たな目標の柱として、政府の経済財政諮問会議で議論が本格化したのが、債務残高の国内総生産(GDP)に対する比率の抑制だ。日本は主要国の中でも比率が際立って高く、経済規模に見合った額に債務を抑える必要がある。

これまでは、税収で借金返済を除く歳出をまかなう「基礎的財政収支の黒字化」を11年度に達成することが優先され、債務残高には焦点が当たっていなかった。だが、11年度の黒字化は不可能に。3日の諮問会議で内閣府が明らかにした試算では、黒字は20年代初めだ。赤字の間は債務は増え続け、長期金利が上昇すれば負担はさらに重くなる。

同日の諮問会議で民間議員は、債務残高GDP比の引き下げを柱に、基礎的財政収支も改善させる新たな目標をつくるよう提言。与謝野経済財政相は会議後の会見で「フロー(収支)とストック(債務残高)の両方の目標を決めないと定かな結果をもたらさない」と述べた。

新たな目標は、歳出削減と同時に10年代半ばまでに消費税増税を含む税制改革を行うことが前提だ。与謝野氏は会見で、増税は「(財政再建に)間接的には恩恵がある」と述べ、財政再建と切り離せなくなっている。

民間議員は次回の会合で具体的な目標案を示す予定で、月末にまとめる経済財政改革の方針「骨太の方針09」に盛り込まれる。(山口博敬、橋本幸雄)

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■財政審の建議(意見書)の骨子

【総論】

・我が国財政は極めて危機的な状況
・15.4兆円を投じる「経済危機対策」は緊急避難で一時的な措置
・11年度までの基礎的財政収支黒字化の目標は達成困難
・債務残高の対国内総生産(GDP)比の安定的引き下げが不可欠
・10年度予算は税収減などから公債依存度が大幅に上昇する見込み
・10年度予算でも「骨太06」の歳出改革の方向性は維持
【社会保障】
・現在の社会保障給付は将来世代へのつけまわしに依存している。一刻も早く社会保障の安定財源を確保することが極めて重要
・診療報酬の配分見直し、医師の適正配置に早急に取り組む必要
・国民医療費確保の安定財源が必要。自己負担増も視野に
【その他】
・大学の過剰が学力低下の要因。大学の質の向上と量の抑制が急務
・温室効果ガスの排出量削減目標は、達成への道筋が描ける水準に設定し、財政措置は歳出改革と整合性がとれたものに
・農政改革では、農地集積を通じた農業経営体の規模拡大が必要