『読売新聞』2009年5月27日付

職員の力
(2)無駄排除 東大の挑戦


世界一の“無駄なし大学”を目指し、東京大学が改革を始めた。

書類の束が所狭しと並ぶ東大の工学系事務部で、尾越和博副理事(60)が職員に尋ねた。「机にまで書類を積んだら、仕事しづらくない?」

すかさず隣に立つ西成活裕教授(42)が、「その日の分だけ置くと、はかどりますね」とフォローする。2人は、「電話は1人1台ずつ必要?」「メールを開く時間は決めている?」など仕事の効率についての質問を重ね、メモにして事務部を後にした。

東大は今年4月、〈スリムな組織・スマートな運営・スピーディーな業務〉の「3S」作戦を開始した。尾越さんは業務改善担当の副理事として同月、工学部事務部長から昇格。「東大に必要なのは改善ではなく、改革」と意気込む。パートナーの西成教授は、いかに無駄を省くかを考える「無駄学」で知られる研究者。「暑い時期に髪は不要」と頭をそり上げるほどの意気込みだ。

巨大な組織を3Sにするためには現状把握からと、今月18日、二人三脚の無駄取り行脚が始まった。



5年前の国立大学法人化に伴い、運営費交付金に効率化係数がかけられ、毎年1%削られるようになった。東大の今年度の削減幅は約7億5000万円。これまでも公共料金の口座引き落としや契約手続き簡素化などを推進。改革には現場の知恵が欠かせないとの判断から、尾越さんら生え抜きの職員3人を初めて副理事に抜てきした。

高等専門学校勤務の経験もある尾越さんには、学内の無駄や不具合が目についていた。何も決まらない長い会議、誰もいないのにつけっぱなしの照明。大学全体のCO2排出量は16万トン以上と、東京都内の事業所で最も多い。学生らへの対応で“お役人”風を吹かせていることも耳にした。

製造現場や企業などでの無駄取り指導に取り組む西成さんによると、成功のカギは目的と期間を定めることにある。狙いも定めずに続けると、それ自体が無駄になりかねないからだ。尾越さんは目的を「世界トップの無駄なし大学」とし、期間は「1年」にした。



教職員約9000人の労力と時間がうまく教育・研究の成果につながっているか。現場行脚の初日、約2時間かけて5か所を回るうち、尾越さんらには無駄が見えてきた。パソコンをつけっぱなしだと不急のメールも開けたくなる、書類が多すぎて業務の全体が見えない、などだ。

同時に、大学側の自助努力ではらちが明かない無駄も見つけた。例えば、受託研究費の申請書。外部資金の獲得は法人化した大学には不可欠だが、その申請書式が同じ省庁内でも異なるため、作成にやたらと手間がかかる。

だが、まずは足元から。「無駄取りはチームワークで取り組まないと」と西成さんが言えば、尾越さんも「何度も現場に行って話し合いましょう」と応じる。

日々の積み重ねが、無駄を取り除いていく。(松本美奈)

効率化係数 教職員の人件費や光熱費など大学の基盤的経費として、国から国立大学法人に配分される運営費交付金を、毎年1%削減する仕組み。政府の歳出削減路線の中、2004年の国立大学の法人化に伴い施行された。今年度の運営費交付金は1兆1695億円で、昨年度より118億円削減。中規模の国立大学1大学分を削っている計算になる。