『読売新聞』2009年4月20日付

学長「人間力」育む教育を
鳥取大学 能勢隆之さん


砂丘農業から発展した乾燥地研究、二十世紀梨の品種改良、鳥インフルエンザ対策。鳥取大学の伝統は、地域社会のニーズに寄り添う実学的な研究と、それらの科学的な普遍化、体系化にある。山陰から世界を見据える「地域貢献型大学」の現在と将来像を、2期目を迎えた能勢隆之学長に聞く。

(聞き手は本多宏・科学部長)

――4月から新しい任期に入りました。この4年間で重視してきたことは。

大学として教育を最も重要な機能、使命とする意識改革です。大学教員の多くは自分たちを研究者ととらえ、論文や学会を中心に考えたがりますが、今最も必要なのは人材の養成です。

鳥取大には元々、地元のフィールドや資源で研究成果を積み上げながら、じっくりと学生を育てる文化がありました。この伝統を基礎に、学生の人格形成に役立つよう、先生たちが研究で培ってきた様々な経験や人生観を彼らに伝えてほしいのです。

――地方にある大学の役割をどう考えていますか。

鳥取大はいわば、地方の中小企業です。大企業のやることやミニ東大は目指さず、中小ならではの先端、他大学にはない「オンリーワン」を目指すべきです。

文部科学省の「グローバルCOEプログラム」に選ばれ乾燥地科学研究、世界的なキノコ研究と生物資源としてキノコの活用を図る取り組みは、その一例です。鳥インフルエンザなど人獣共通感染症の国内唯一のセンターも持っています。

――研究活動での自治体や企業との連携は。

地元と一緒に仕事をすることが根付いています。様々な分野でつながりを深めており、企業や自治体から研究費などの面で支援してもらっています。法人化によって、地域と共に考え、一緒に活性化していかない限り、大学経営が成り立たないとわかってきました。

――地域との連携は教育にどのように活用していますか。

「フィールドサイエンス入門」という講座では、昨年から農学部以外の学生も田植えを体験していますが、学生たちに好評です。工学部は地元企業でのインターンシップを取り入れ、地元で頑張っている方々に共感する学生も増えています。

入学者の約7割が関西の都市圏を中心にした県外出身者です。地域密着型という鳥取大の特色に関心のある学生の期待に応えることも心がけています。

――入試では今春から、工学部の一部学科でAO入試を廃止しましたね。

偏差値以外の能力で優れた学生に入学してほしいという思いは変わりません。ただ、卒業に必要な学力に達するのが難しいケースもあります。学生にとってAOで入学することが本当にいいことなのか、見直す時期にきています。

一方、指定校推薦による農業高校や工業高校からの入学者には、一般入試の学生より優秀で首席で卒業する学生もいます。受験の成績だけで能力をとらえてしまいがちですが、遅咲きでも磨けば光る人がいるのは確かです。

――地元に定着する人材は増やせますか。

それは地元の自治体や産業界も切望していますが、現在、卒業後に地元に残るのは3分の1程度です。学生が望むような給与などの待遇が追いついていない実情があります。教員採用の面でも都市部とは異なり、ほとんどありません。

地元では過疎が最大の課題です。今年3月に明治大、鳥取県との3者で結んだ連携協力協定でも重要なテーマになりますし、明治大と鳥取大の教育研究の実績を活用し、新しい視点から取り組みたいと思います。鳥取県に軸足を置いて学び、研究することで、全国の過疎地域に貢献する人材を輩出できれば、と考えています。

――各国立大学法人は2010年度から第2期中期目標・計画期間が始まります。鳥取大の将来像は。

少子化が進む以上、入学定員の削減や他大学との統合は視野に入ってきます。ただ、その前に、成果を社会に還元できるプロジェクト型の研究を増やしたり、学群やコース制といった教育の幅を広げたりする大学独自の取り組みが必要です。法人化の利点を生かしつつ、さらに意識改革を進めたいと思います。

のせ・たかゆき
鳥取県米子市出身。鳥取大医学部卒。医学部助手、厚生省職員などを経て、同学部教授。医学部長、副学長を歴任し、2005年から現職。専門は公衆衛生学。66歳。

地域の特性磨き世界へ

しのつく雨。背広がぬれるのもいとわず、笑顔をカメラに向け続けた学長は、COEに選ばれた乾燥地研究も、キノコ研究も「よそにまねできないものをたまたま、持っていたので」と奥ゆかしい。砂丘に大きな足跡を刻んだ遠山正瑛名誉教授、「梨の神様」と慕われた林真二元学長。鳥取とともに歩んだ先人の名前が浮かぶ。産業界からも「あの先生のおかげ」という声をよく聞くという。地域の特性を世界に通じる研究へと磨き上げる。10年度からの第2期中期目標・計画では、さらに進んだ地域貢献型大学の姿を見たい。

(本多)