『毎日新聞』2009年4月9日付

医療クライシス:コストカットの現場で/6 政府の医学部定員増方針


◇教員人件費に支援薄く
「学生が増えるなら教員も増えるのか」

08年8月、横浜市立大医学部の教授会。09年度からの医学部定員増の計画を検討中、教授らが声を上げた。

政府はその2カ月前「骨太の方針08」を閣議決定。長らく続いた医師数抑制策を転換し、医学部定員増を打ち出した。これを受け文部科学省は、全国の大学医学部に増員計画の提出を求めた。

07年度まで1学年定員60人の横浜市大医学部が希望したのは「15人増」だった。08年度の医学部臨時定員増などの25人と合わせ、計100人とする計画。多くの医学部が定員100人程度の中、同大にとっては悲願とも言える目標だった。

だが、9月下旬、文科省は「15人は多すぎる」と難色を示す。国立大にも教員増なしで可能な定員増を求めたとして、横浜市大には「5人増」を提示。しかも「公立大には教員増の人件費への支援はできない」とされた。

定員増へ向け横浜市は、09年度予算に8900万円を盛り込んだ。うち人件費は常勤教員3人分の3600万円。同大は向こう3年間で9人の増員を見込むが、梅村敏・医学部長は「学生が60人から90人へ1・5倍に増えたのに、教員3人増ではとても足りない」と話す。

これまで5人1組で行っていた臨床実習を7〜8人1組にするなどして対応するが、梅村学部長は懸念する。

「目が行き届かない面も出てくるだろう。学生のレベルが下がり、数年後の医師国家試験の合格率などに結果が表れる。研究活動に時間を割ける医師は減り、将来的に日本の医療水準は下がる」

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定員増では、国立、私立大への支援も十分ではない。国立大の運営費交付金と私立大への私学助成金は、08年度補正予算と09年度予算で計46億円。国立大学医学部長会議で医学部教育などの検討委員長を務める嘉山孝正・山形大医学部長は「解剖台や顕微鏡の購入も必要なのに、10人増に対し年間約817万円。これで何ができるのか」と憤る。

そもそも、日本の大学医学部の教員数は、海外と比べて大幅に少ない。嘉山学部長の調査では、07年の1ベッド当たりの病院医師(指導医)数は、米テキサス大がんセンター1・45人、ボストンS・E病院1・24人に対し、東京大と慶応大0・58人、群馬大0・41人などにすぎない。

嘉山学部長は「国は増員を命令して、わずかな交付金を出すだけ」と批判する。1956年の大学設置基準で学生720人に対し教員140人としていることを挙げ「当時とは教育内容も大きく変わり、遺伝子研究なども扱うようになった。150人は必要だ」と基準の見直しを求める。

今年4月、全国の大学医学部の新入生は、08年度より約500人多い約8500人となった。だが、日本の人口1000人当たりの医師数は2・0人(04年度)で、経済協力開発機構(OECD)平均の3分の2。追いつくには大幅な医師増が必要だが、低医療費政策を続ける限り実現は難しく、「医療クライシス」の出口は見えない。=おわり

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この連載は、高木昭午、清水健二、河内敏康、樋岡徹也、五味香織、渋江千春が担当しました。