『朝日新聞』2009年4月6日付

「原子力」の冠、復活 学科・専攻名 08年度は7大学に


国内の大学で、原子力の名を冠した学科や専攻が復活しつつある。複数の大学が連携した大学院や研究所も新設される。一時は、ほとんど姿を消した原子力の学科・専攻の復活。背景には、原子力の再評価や技術者不足といった事情があるようだ。

■温暖化などで再評価

文部科学省原子力計画課によると、「原子」の名が付いた学科は、84年度は東北大、大阪大など10大学にあったが、90年代に入って減少し、02年度には、ついにゼロになった。大学院の専攻でみても、9大学のうち7大学で姿を消した。

それが08年度は、学科があるのが東京都市大(3月まで武蔵工業大、東京都世田谷区)など2大学、大学院の専攻でも5大学と、増加に転じた。

減少した最大の理由は学生の人気の低下だ。その陰には86年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原子力発電所の事故や、95年の高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故など、相次ぐ事故による原子力への「逆風」があった。

一方で、最近の復活の背景には、二酸化炭素の排出が少なく、地球温暖化対策に有効とされることや石油価格の上昇による世界的な再評価の動き(「原子力ルネサンス」)、さらに日本の原子力を支えてきた団塊の世代の技術者の大量退職にともなう人材不足がある。

■応じきれぬほど求人

東京都市大は昨春、工学部に原子力安全工学科を新設した。同大には川崎市に原子力研究所があり、89年まで原子炉も運転していた。堀内則量教授は「原子力が再評価される一方で、技術者が不足している。スタッフも設備もある大学として、ニーズに応えたかった」。

定員は30人。08年度はのべ142人が志願し、34人が入学した。09年度の志願者は約220人と5割以上増加。廃炉での運転シミュレーションや茨城県東海村にある日本原子力研究開発機構の研究炉での実習など実務的な教育に力を入れて、現場で管理・監督にあたるような技術者の育成を目指す。2年生の坂田光太郎さんは「中学生のころから原子力のパワーに魅力を感じていた。大学院まで進んでメーカーで原発を設計したい」と言う。

10年度には、早稲田大と原子力の共同大学院も設置する予定だ。堀内教授は「原子力の教育研究には費用と手間がかかる。それらを出し合うとともに、それぞれのよさも加味していきたい」と話す。

東海大(神奈川県平塚市)は08年度、工学部エネルギー工学科の中に原子力技術コースを設けた。10年度には同学科を原子力工学科に改称して、原子力の名が付いた学科を9年ぶりに復活させる予定だ。

東海大は56年に日本の大学では最初に原子力教育を始め、これまでに約3700人の卒業生を送り出してきた。しかし、90年代になると原子力工学科の人気は低下し、新エネルギーや環境にも対象を広げたエネルギー工学科に再編された。

それにともない、以前は半分程度いた原子力関連企業などへの就職者も約3割に下がったが、最近はそれらの企業からの求人が増えて応じきれない。大江俊昭教授は「原子力教育の老舗(しにせ)として、原子力をしっかり教えて、世の中が求める人材を供給していきたい」と話した。

■原発銀座 教育拠点に

原発が多くあって「原発銀座」とも呼ばれる福井県にある大学でも、原子力の学科・専攻などが誕生している。

福井大(福井市)は今年4月、付属の国際原子力工学研究所を新設した。北陸・中京・関西地方の大学などの研究者とも連携。世界的な研究教育拠点を目指すとともに、原子力に関する体系的な教育カリキュラムも整えていく。

同大では04年度、大学院の工学研究科に原子力・エネルギー安全工学専攻を新設した。鈴木敏男研究科長は「国内の大学の原子力の教育研究体制がほとんど崩壊していたので、多くの原発がある福井県にある大学として何とかしたかった」という。

同県敦賀市の同機構敦賀本部内に研究室を開設するなど、地の利を生かした実地研修を取り入れる一方、地域との共生についての教育にも力を入れてきた。修士課程修了者の約3分の1が原子力関連企業などに就職している。

福井工業大(福井市)では05年度、工学部に原子力技術応用工学科を新設した。「学部レベルで原子力を学べる西日本唯一の大学」がうたい文句だ。田中光雄教授は「県内には多くの原発があり、関連企業などからのニーズもあった」と話す。今春卒業した一期生は、約7割が原子力関連企業などに就職した。3年生の大坂尚史さんは同県鯖江市の出身で「地元の産業の力になりたい」と選んだ。「授業は難しいが面白い。将来は原発の運転をしたい」と話す。

東京大(東京都文京区)では93年、改称によって原子力の名が付く学科・専攻が消えたが、05年度に大学院工学系研究科に原子力国際専攻と、社会人を対象にした専門職大学院である原子力専攻を新設した。田中知教授は「原子力の人材は国際的に不足している。大学には人材を育てる使命がある」と話している。(杉本潔)