『朝日新聞』2009年4月2日付

医師不足は解消されるのか
◆島大・木下芳一医学部長に聞く/地元で働く意識養成◆


全国的な医師不足は、お産制限や診療科目の縮小・廃止など県内の医療機関にも影響を及ぼしている。県内唯一の医師養成機関、島根大学の木下芳一医学部長(53)に現状や今後の展望を聞いた。(水田道雄)

 ――医学部医学科に入学する学生の人数は

08年度は95人、09年度は定員を10人増やして105人。留年せずに6年間で卒業するのは8割程度。卒業生のうち県内に残るのは、大学病院や県立中央病院、そのほかの医療機関を合わせても3割程度というのが現状だ。

――04年度から始まった「卒後臨床研修制度」が地域医療や医師養成の壁になっているといわれますが

総合的に診療ができる医師を養成するのが厚生労働省の考え方だったが、実際にスタートしてみると、便利のよい都市部の医療機関に研修医が集中した。地方が特色ある研修プログラムを打ち出せなかったという反省もある。

――入学定員を増やせませんか

学生を増やせば教員も増やさないといけない。現状では今年度は教員1人分の人件費が増額されただけ。国立大学の場合、医学部の教員は勤務時間の半分近くは付属病院で診療している。教員を増やせば医師の引き揚げになり、減らせば教育の質が低下する。

――卒業生が地元に根付くためには

大学は単なる人材派遣センターではない。県内で仕事をする意識を持った医師を養成する場だと思う。県内出身の医師を養成するため、06年度から推薦入試に「地域枠」=キーワード参照=を、09年度から「緊急医師確保対策枠」=同=を設けた。県内の中学や高校に出向き、医療に興味を持ってもらうための出前講座を開いたり、高校の進路指導担当の教職員と意見交換したりして、県内出身者の確保に努めている。

――医学部生が地域のことを知る機会は

地域全体で学生を教育してもらおうと、県内の40カ所以上の病院や診療所で開業医らから直接指導を受ける実習の機会を設けている。県内の勤務医離れを食い止めるため、今年度から勤務医のメンタルケアなどを担当する全国初の「地域医療支援コーディネーター」の養成講座を開く。

――国の医療政策に対する意見は

臨床研修制度の見直しを検討しているが、この制度で研修した医師たちが、どのような医療に従事しているかの評価がなされていない。医療にかかわる国の財源も限られている。このままでは「医療崩壊」から回復できなくなってしまう。どの程度の医療を国民に提供するのか、まず指針を明確にしてほしい。

◇キーワード◇

◎地域枠◎

県内の過疎地域などに生まれ育ち、将来、地域医療に貢献する意思がある推薦入学者に奨学金を貸与し、一定条件で返還を免除する。市町村長が面接を実施。09年度入試で10人が入学。

◎緊急医師確保対策枠◎

推薦入学者に6年間で総額約1千万円の奨学金を貸与し、県内の過疎地などの医療機関で9年間勤務すれば返還を免除する。09年度入試で5人が入学。出身地は問わない。